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「炎上キーボード 創作論編」#シロクマ文芸部

「走らないところから始めてみよう」と小松が言い出した。
 私はいつものように、登校と同時に運動場での走り込みを行おうとしていたところだった。もちろん授業に出る予定は今日もなかった。
「何を言っているんだ小松。小説執筆に必要なのはまず体力。朝一の五十キロ走り込み、なおかつランニング中の原稿執筆、これが私たちのルーティンではないか」
 文芸部の運動場使用状況に合わせて、学校側も体育の授業を私たちのウォーミングアップが済むまで控えてくれている。
「最近書いた小説のどれもが、走っている場面から始まっていることに気がついたんだ」と小松は続けた。つまりは肉体の運動状況がそのまま小説の構造に影響を与えていたというわけだ。

 私たちのことを簡単に紹介しておこう。
 私と小松の通うホトトギス高校には伝統ある文芸部があるのだが、私たちの小説執筆への熱が高ぶりすぎて、二百名の部員及び顧問は文芸部から逃げ出し、「文章部」と名前を変えた。私と小松は学校に来ても授業に出ることなく、様々な執筆方法を試み続けている。その結果、部室は何度も炎上した。学校側からは退学勧告を何度も受けているが、気にしていない。
 小松の父は世界的科学者兼大企業の社長も勤めており、様々な発明品を文芸部に提供してくれたり、文化祭を締め出された私たちのために、運動場にコンサートホールを三日で建設してくれたりもする(パフォーマンス披露とともにホールは瓦解)。


 しかし私と小松の書いた小説はどのような賞にも引っかからず、行き詰まっていた。そこに小松が「走らない」を提案してきた、というわけだ。

「最近筒井が書いた小説について調べてみた。十編中十編とも、主人公が走っている場面から始まっている」
「本当か、全く意識していなかった」
「その後主人公が車にぶつかり、車が吹っ飛ぶのが三編、建物にぶつかって崩壊させるのが三編、ライバルである人物とぶつかり、戦い始めるのが三編」
「少女とぶつかりかけるも、どうにか踏みとどまる恋愛小説があったはずだ」
「一番短いやつだな。少女に話しかけることが出来ずに煩悶した主人公が、強大なエネルギーを体内に抑え込められずに爆死する」
「涙が止まらない純愛小説だろう」
「涙が止まらなかったのは、原稿用紙に硫化アリルをたっぷり染み込ませたからだ」
 硫化アリルとは、玉ねぎを切った時に出る、人に涙を流させる成分のことだ。「泣ける小説大賞」投稿用に向けて小松の会社が開発してくれた。その原稿用紙に近づけば、誰もが水分不足に陥って倒れるほどの涙を流すことが出来る。しかし「泣ける小説大賞」にはかすりもしなかった。小松が調べたところ、投稿先の出版社で異臭騒ぎが発生し、警察と消防が駆けつけた日と、私たちの原稿到着予定日が重なっていた。騒ぎに紛れて原稿が紛失してしまった可能性も考えられた。

「筒井の作品を分析してみたところ、『疾走-爆発-炎上』のパターンがほとんどだった」
「それが私のたどり着いた、自然なスタイルだ」
「だがこのままでは一般的な読者に辿り着けそうにない」
「小松の書く物はどうなのだ」
「『宇宙-妄想-大爆発』だ。これらを一般的なスタイルに変えていきたいと思う。異論はあるだろうが、基本的な書き方を試してみよう。『起承転結』を知っているな?」
「そういうスタイルがあることは知っている」
「まず何かが起こり、それを承けての状況説明やら、次の何かやら、次にこれまでとは違った展開が起こり、最終的に何やかんやあって終わります、大雑把にいうとこんな感じだ」
「そういう風に書いているつもりだが。まず走り、次にぶつかり、爆発して、炎上する」
 だが言われてみれば、ほとんどそのパターンになってしまっている気がした。
「最近のワンパターン化と落選の嵐の全ての原因は、走り込みであると、結論づけた」
「なるほど。走り込みをやめれば、主人公が走るところから書き出すことはなくなる、そう言いたいのだな」
「その通り! だから、飛ぼう」

 小松はすぐに父に頼んで、背中に装着出来るタイプの羽根を作らせた。ドローン技術も併用して、私たちは鳥人間のようになった。テスト飛行はホトトギス高校の屋上から行った。教師たちの怒号と悲鳴が飛び交う中、私と小松は空中飛行及び、空を飛びながらの小説執筆を成功させた。

 しかし満を持して投稿した「羽ばたけ、青春小説大賞」から届いたのは落選通知だけであった。「自由な想像力を羽ばたかせ、あなたの想う『青春』を小説の形にしてください」という募集要項の通り、私と小松は書いたのに。羽ばたきながら書いたのに。飛んでいる最中に飛行機とぶつかり大爆発させるも、いろいろあって全員助かる。その代わりに日本全土が炎上、という、起承転結のしっかりした話を書いたのに。

「小松、どういうことだこれは」
「次は映画の脚本などで用いられている『三幕構成』で行こう」
 懲りずに私たちは執筆を続ける。いつか誰かに届くことを夢見ながら。タイピング速度が速すぎてまたキーボードが燃え上がる。まるで私たちの魂のように。

(了)


 最近考えている「起承転結論」を小説の形でこの二人に語らせてみよう、と思ったら、どういうわけかこうなってしまいました。

 シロクマ文芸部「走らない」に参加しました。


入院費用にあてさせていただきます。