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「ヘドロの上にも降り積もる雪(殺され屋9)」#シロクマ文芸部

       

 雪化粧の施された早朝の外の景色と、台所に立つ相変わらず薄化粧の静芽とを交互に眺める。陽が差し込み始めた。やがて雪は溶けるだろう。やがてこの幸福な黄金時代も終わりを告げるだろう。味噌汁を作っていた静芽が「起きてたの?」と私に声をかける。そして「泣いてたの?」とも。私は目に涙を溜めていたことに気がつく。悲しい夢を見ていた。目を覚ますと、どのような薄汚い現実も束の間美しく見せる雪景色が広がっていた。妻が、朝食を作ってくれていた。
「悲しい夢を見ていた」と私は妻に言う。
「殺し屋に狙われ続ける日々を送っていた。君も殺し屋の一人だった。でも私と君は愛し合ってしまった。それからは二人で殺し屋から逃げ続ける日々が続いた。二人の幸福な生活を続けるために、私は逃げ続けた。君は追っ手を殺し続けた。血なまぐさい犠牲の上で、私たちの幸せは成り立っていた」
 妻が温かいご飯と味噌汁とハイレモンを運んできた。
「いい加減夢から覚めな」


*

 残念ながら現実で静芽は私の妻になどなっていないし、味噌汁はインスタントだし、その横に添えられているのはハイレモンではなく、ヨーグレットだった。
「妄想を書きつけるのは構わないが、私に送ってこないでくれないか。何度も言ってるが」
「書き続ければいつしか現実と大差ないものになってくるんだよ」
 私は静芽に自説を語り始めた。要約すると、小説というのは何も綺麗に完結させたり、どこかに発表したりする必要もない。日々思うことを断片的に書き記してみるだけでもいい。「こんなことが起こったらいいのにな」「あの時ああすればよかった」といったことを小説の中で書いてみる。登場人物は自分自身と、過去に関わりのあった現実の誰彼にすれば、いちいち人物描写に悩むことはない。読者を想定しなければ、「リアリティがない」「人物描写が不足している」といった指摘を心配せずに書ける。何を書いてもいいのだ。かといって犯罪傾向のあるものや、人を罵るようなことは精神衛生上悪いのでお勧めしない。
 SNSで不用意な発言をして炎上するタイプの人や、おおやけにすれば顰蹙を買うような特殊性癖の持ち主など、そうやって未公開小説を書くことで、だいぶ発散されるものがあるのではないか。一度執筆した小説は、実際に起きた過去の出来事の一部と大差なく自分の中に並べられていく。遠くて曖昧な記憶の過去の光景と、現実を材料として執筆した小説との境目は、次第になくなっていく。

「だから私と静芽さんはほとんど結婚しているようなものといっても過言ではない」
「なんで未発表を推奨するその方法論で書かれた小説を、私に向けては送ってくるんだって言ってんだよ」
「おかしいな。静芽さんはそんな乱暴な言葉遣いを私の小説の中ではしていなかったはずだ。現実の方を修正しないと」
「やっぱり殺しておけばよかったかな」
「そういえばそろそろ結婚記念日だけど、ハイレモンを繋げたネックレスをサプライズで用意しているんだ」
「結婚してない! ヨーグレット派! サプライズをばらすな! 食べ物でアクセサリーを作るな!」
 静芽が肩で息をしている。私は話を続ける。
「前振りはこれくらいにして、本題に入ってくれ」
 グーで脇腹を殴られた。

「探し出したよ。アメリカに渡っていた。向こうで結婚もしていた」
 私の母親代わりだった女性の捜索を静芽に頼んでいた。親元を飛び出して女性の元を転々としているうちに、こちらの電話番号をころころ変えてしまったりしていたので、連絡を取れないまま数年が経ってしまっていた。
「連絡先も手に入れて、話もしたよ。
『あの子生きてるの?』
『殺し屋に狙われ続けてますが、元気です』
『やりたいことはやれてそう?』
『やりたい放題やってます。いい加減にしてくれって思うくらいに』
『ならよかった。私もやりたいようにやってるから、心配しないでって伝えておいて』
『会わなくてもいいんですか?』
『こっちで仕事も始めて忙しいのよね。人に物を教えるって大変』
 さばさばしていたね。アンダーグラウンド界隈では有名な人だったんだね」

 母親代わりの女性「マリア」は元々ダンサーだった。踊り始めは誰にでも真似できそうな簡単な動きであるが、曲の盛り上がりとともに、常人離れした動きに変わっていき、見る者に賞賛の気持ちと「どれほど努力してもこの人のようには踊れない」という絶望を叩きつける踊りだった。マリアが十代の頃、まだ今ほどネットの動画文化は発達していなかったので、彼女の活躍は一部の者にしか知られていなかった。マリアの踊りに目をつけたカルト集団が彼女を雇い入れた。1999年の年末、廃墟となった遊園地「リターン・トゥ・ニルヴァーナ」で、世界終末思想に取り憑かれた人々は全裸で凍え死ぬまで踊り続ける「死の舞踏」を行った。どのような薬物を使用しなくとも自前の舞踏術でトリップできたマリアと違い、カルト集団の男女は寒さと疲労で次々と倒れていった。犠牲者の誰が私の両親だったかは今では分からない。一人毛布に包まれて生き延びた赤ん坊の私を、マリアは連れ帰った。
 1999年当時、そのような事件は多発していたが、世間を騒がせないように、事件は秘密裏に処理されていった。マリアはただ「踊り続けろ」と依頼されていただけなので、刑事責任も問われることはなかった。私を引き取って育てる義理なんて一つもなかった。

「自由過ぎる生き方に飽きていたから、縛りが欲しかったんだよ」ある時マリアは、私を引き取った理由をそう説明した。パトロン兼教師役として、いろいろな男を私の父親代わりに迎え入れた。私の目には彼女は十分自由に踊り続けていたように見えたが、私の世話で犠牲にした時間も膨大なものだっただろう。終末思想に取り憑かれて私を捨てた実の両親と違って、マリアと多数の父親代わりの男たちは、私に様々な価値観を植え付けてくれた。

「なんかシリアスな回想をしてない?」静芽がヨーグレットを食べながら私に言う。
「そんなことないよ。記念日にはこだわらないから、結婚記念日も年間七回ぐらいあってもいいかなって考えてた」
「あんたが馬鹿げたことを考えている時と、そうでない時の顔の見分けぐらいつくようになったよ」
「この味噌汁、コーンスープみたいな味がして美味しかったよ」
「味噌汁じゃなくてコーンスープだからね!」
 雪化粧の下はヘドロだらけの汚い堆積物であったとしても、新しく上書きしていけば、記憶も土地も綺麗になっていく。私は静芽との幸せな日々を書き綴って彼女に送り続ける。何故か殺意という感情が彼女から返ってくる。大量のハイレモンとマリアの連絡先を残して静芽は帰っていった。

 ネットで検索すると、マリアの弟子たちによる不可思議なダンスの動画を発見することができた。バズったりすることのない少年少女らの踊りは、かつて見るものに賞賛と絶望をともに与えたマリアのものとは違っていた。誰もが楽しそうに笑っていた。マリアは、うまくステップを踏めない私にダンスを教えてくれなかった。
「踊りたい時に踊ればいい。やりたいようにやればいい」
 私は静芽との結婚生活の詳細を書く作業に戻った。静芽が置いていった、封の空いたヨーグレットの箱から中身を取り出すと、ハイレモンが入っていた。

(了)

シロクマ文芸部「雪化粧」に参加しました。

「雪化粧」の文字を見た瞬間から、「snow」のリピートは決定。


割と早めに設定は決まっていた「殺され屋」生い立ち話。母親代わりの女性の本名は「牧真希(まき・まき)」適当に決められた名前を嫌って、通称として「マリア」を使っていた。しかし引き取った子どもの誕生日や名前の決め方は適当である。

マリアは自作「悪童イエス」に登場する、ダンサー・マリアと共通項のあるキャラ。

連載形式の話の目処としては12話完結あたりかなと思っています。

仕事が忙しくなる、息子が体調を崩す、妻の夜勤が始まる、と、なかなか時間が取れなかった今週でした。どのような状況でも、週10枚分は書き続けておかないと。どこにも発表しない原稿も含めて。


入院費用にあてさせていただきます。