過去作「Mouth for War」
2021年3月「音楽小説集」に「Mouth for War」PANTERAとして投稿したものの再掲載。
曲の動画はこちら
※この前の回「Not Up To You 」Stereophonics で、スタジオにドラムの個人練習に行く話を書いていました。そちらを読んでいなくても問題はありません。
以下本文
前回、リハーサル・スタジオに個人練習でドラムを叩きに行った話を書いた。実録だと思って読んで頂いた読者には申し訳ないが、実は途中からフィクションになっていた。
なので今回は混じりっけなしのノンフィクションで書こうと思う。
初めてのスタジオでの個人練習から間も無い頃、タイミング悪く、コロナの影響と騒音問題により、ドラミングは法律で禁止された。ドラマーの個人練習で保たれていたスタジオ経営は破綻し、全国のスタジオは地下に潜った。バンド演奏のドラムパートは全て打ち込みに取って代わられた。ゴリラが絶滅した。
家族が寝入った真夜中、私は一人起き出して夜の街に出る。自転車を走らせる。処分した事にしているドラムスティックを服の袖に忍ばせているから服が突っ張って仕方ない。
通っていたリハーサル・スタジオの営業最後の日、人間椅子のギター&ボーカルに似た店長から、一枚のフライヤーを渡された。二年前に行われたライブのもので、スタジオからそう遠くないライブハウスで催されたものだ。ライブハウスはドラミング禁止法の一年前に既に潰れていた。解体されていくスタジオを背に、託されたものの意味を考えた。そして今夜私はそこへと赴く。
スタジオは解体されたが、潰れたライブハウスは見過ごされていた。張られたロープをくぐって地下へと潜る。釘の打たれたドアをノックすると中からかすかな声が漏れた。
「シャバダバ」
「ディア」と応える。
「シャバダバ」
「ディア」
「シャバダバ」
「ディア」
「ダバ、ダ、バー」は二人で唱和する。
「どうぞ」ドアを開けたのは馴染みの店長ではなく、どこか似た面影のある三十歳くらいの女性だった。
「父は射殺されました」
彼女は周囲に人の気配がない事を確認してドアを閉めた。
「スタジオ解体に最後まで抵抗して……」
彼女には同情するが、私にもあまり時間があるわけではない。
「ドラムセット、あるのか」
涙を流しかけていた彼女も気を取り直し、暗いライブハウスの奥へと進む。かつてのステージを、ドラムセット専用部屋に改造してあるのだという。先客がいるらしく、急造されたらしい防音扉の向こう側から、ニルヴァーナの曲を叩く音が聞こえてきた。
「あの人はもうすぐ終わりです。交代で入って下さい」
「いくらだ」
「三十分五万。延長は一分二千円」
「合法時代は一時間五百円だったんだがな」
「こっちも命がけですから」
扉の小窓を覗くと、ニット帽を深く被った、まだ若いドラマーもこちらを見ており、目があった。
ニルヴァーナを叩き終えた彼は、ミッシェル・ガン・エレファント「ゲット・アップ・ルーシー」の印象的なドラムイントロ、そして布袋寅泰「ロシアン・ルーレット」の同じくイントロを叩き終えると、ドアを開けて出てきた。交代で私が中に入る。細かなセッティングの違いなど気にせず私はドラムを叩き始めた。何せ時間が惜しい。時折休憩しながら、動画撮影などしながらのんびり叩けた時代は終わったのだ。PANTERA「Mouth for War」のイントロばかり繰り返し叩く。本当はバスドラを踏む所を、早く踏めないからフロア・タムで代用する。フィリップ・アンセルモはいつまでも歌い出せない。思えばヘヴィ・ロックのイントロばかり叩くような人生だったな、と意味の分からない事を思う。さっきの若者も、終わり間際に自分の好きな所だけを急いで叩いたのだろうか、と思う。自分でも「ゲット・アップ・ルーシー」を叩いてみる。ここでふと違和感に気付く。
「ニルヴァーナ」「ゲット・アップ・ルーシー」「ロシアン・ルーレット」並べて、頭文字を繋げてみる。
「ニ」「ゲ」「ロ」
おとり捜査か!
同じドラムを愛する者の情けで、最後にヒントを叩いていったのか!
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