千人伝(九十七人目~百人目)
九十六人目 土鳥
つちとり、と読む。土の上にいる虫を啄む鳥ばかり見ているうちに、自身も地面を這い回るように動くようになり、食べるのも虫だけになってしまった。土鳥を昔から知る友人は「そういえば昔からあいつはあんな風だった」と記憶を思い違いしてしまうほど、土鳥の動きは自然なものだった。
土鳥の巨体に邪魔されて自身の食事を思うままに出来なくなった鳥たちは、土鳥を突いて追い出そうとした。しかし逆に土鳥に捕らえられ、羽根をむしられた。むしった羽根を土鳥は背中に貼りつけたが、飛べるはずもないので、反対に土を掘って地面の下へ潜り込もうとした。土鳥の掘った穴から無数の虫が這い出して来るのを見て、周囲の鳥たちはそこに群がった。土鳥が見えなくなっても鳥たちはその穴に住みつき、飛び立つことを忘れ、新たな生態系が作られた。
九十七人目 椋椋
むくむく、と読む。椋鳥と無垢な人との間に生まれた。無垢な人は子孫の残し方を知らなかったので、一羽の椋鳥が自分と交わっていることにも気付かなかった。交接の翌日に椋椋は生まれたが、無垢な人はまだ眠っていたので、無垢な人は交接の事実だけではなく、出産の自覚もなかった。
椋椋は生まれてすぐに飛び立つことが出来たため、産声は空中に響かせた。椋鳥の群れがその声に気付き、椋椋を群れに受け入れ、椋鳥と同じ食料を栄養として育った。
飛べなくなるほどに大きくなった頃に椋椋は地上に降り、そこからは人としての人生を歩んだ。椋椋が危機に陥るたびに椋鳥の群れが椋椋を取り囲み、代わりに撃ち落とされたり羽根をむしられたりした。椋鳥の群れの最後の一羽とともに、椋椋は十二年の生涯を閉じた。
九十八人目 徒刑
徒刑はいたずらに時を過ごすだけの刑罰を受けた。徒刑に審判を下した人も、徒刑の犯した罪の被害者も、徒刑を知る人もいなくなっても、徒刑はただひたすらに時が過ぎるのを待ち続けた。そもそもどのような罪を犯してこのような刑を受けたのか、徒刑自身が忘れてしまっていた。何百年どころか何千年も過ぎていた。ひょっとしたら何万年も何億年も。
徒刑はある日、自身を縛るものが既に何もなくなっていることに気付き、いたずらに時を過ごすのをやめることにした。やりたいことをやりたいだけやりたいようにしようと思った。罪人ではない人生を生きていたのがあまりに昔のことだったので、もはや何をやりたいかを思い出せなかった。かつての恋人の顔が浮かんだ気がしたが、その瞬間に徒刑の身体は砂となり崩れ落ちた。
九十九人目 九十九
つくも、は白髪の老女であり、九十九歳の時にその美しい白髪を花びらのように散らせて亡くなった。そのことにより、九十九という数字をつくもと読むようになったと言われている。
そもそも九十九は生まれた時より白い髪の持ち主であり、それは頭髪に限らなかった。思春期の時分にはホルモンが暴走して北国の大きな犬のように白い毛むくじゃらの生き物になっていたこともあった。それらが抜ける頃、九十九は蛹が羽化したように、美しい生き物へと変貌していた。その美しさゆえに人は恐れて遠ざかっていった。人ではない者と交わるうちに時が経ち、美しいまま九十九歳を迎え、命を散らした。
九十九の髪の落ちた地面からは茎も葉も白い植物が生えたが、花をつける前に全て枯れ落ちた。
百人目 百々
もも、と読む。百々の両親は互いに百歳の時に百々を産んだ。他の兄姉とは七十歳ほど歳が離れていた。百々の両親は百々が一歳の誕生日を迎える前に老衰で亡くなり、多数の兄姉や親類に囲まれて育てられた。それらの人数を数えるとちょうど百人となり、誰かが抜けても遠縁の誰かが現れたり、新たな親類が生まれたりして、百々を囲む人数は一定して百人であった。
百々が若者として育つ頃には、百人の友人と百人の恋人を持ち、同時に百人の敵も作っていた。彼を囲む親類同様に、それらの数は一定して百人であり続けた。百々は特定の誰かを一人選ぶことはなく、生涯独身を通して子どもも作らなかった。求められれば「百歳になるまで待って」とはぐらかした。しかし百々自身は百歳どころか二十歳の誕生日に百人の敵に同時に刺されて絶命した。百人の友人と百人の恋人は百々の死を百日間悲しんだが、その後は百々から開放されて自由な日々を過ごした。ばらばらになった彼らはその後お互いに連絡を取らなかったので知るよしもなかったが、皆百歳で天寿を全うした。
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