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「憧れの文芸部部長の手で森の中に埋められながら、執筆の悩みを聞かされる話」#シロクマ文芸部

 木の実と葉にまみれて、山中に埋められた死体の気持ちになっている。
「気分はどう?」
 憧れの文芸部部長が僕を見下ろして訊いてくる。
「今気が付いたんですが」僕は無防備な部長の何かが目に入ってしまわないように気を付けながら言葉を探す。
「死体は考えられないから、気持ちも何もないんじゃないですか」
「そんな冷たくて殺生なこと言わないで」
「殺された死体ですか? 自殺ですか? 事故死ですか?」
 部長は「何を分かり切ったことを今さら訊くの?」という顔で僕を見た。これから踏み潰される虫の気持ちなら分かる気がした。
「中年男性同士が強く抱き合って、互いに全身複雑骨折しての情死よ」
「分かるわけないでしょう!」

*

※中年男性同士の絡みしかない文芸部部長と彼女に振り回される男子生徒、という設定の「文芸部部長シリーズ」というのをいくつか書いています。しかし最近になって、本当に中年男性同士のハードな絡みの小説を書き続けている作家「小玉オサム」氏の存在を知り、その作風と執筆ペースに圧倒されました。その道(ゲイ小説)33年の大御所だそうです。私自身には全くその気はないため、これまでいくらか書いてきたBL風味の話など偽物でしかなかったと。中年同士の激しい絡みしか書かない文芸部部長など存在しないのだと、本物の迫力を前にして落ち込んだ次第です。

 ですから今後は本格的に中年男性同士の絡みだけを書いていこうと思います。


 いや、やめときます。

*

 部長が最近悩んでいる。スランプに陥っているらしい。自分の書いているものは所詮絵空事ではないかと。文芸部部長の女子高生でしかない自分は、本当に中年男性同士の愛し合い方が分かるわけではない。いくら下僕を利用して実験しても、全ては想像の範囲でしかない、と当の実験材料である僕に漏らしていた。

 自信をなくした部長を元気づけるために、僕はありきたりでしかないが慰めの言葉を口にした。
「人を殺したことのある人だけがミステリーを書けるわけではありません。幽霊を見たことなくても怪談を書いてもいいんです。お腹の中がどす黒い本物の犯罪者が美しい童話を書くことだってあるかもしれません。実体験に基づいたものでなくても、読む人の心に響けば、感動を呼び起こせば、実体験よりもずっと価値のあるものだと、僕は思います。部長は自信をなくさず、これからも書き続けてください。そのために僕はこれまで通りなんだってします」

「本当に?」
「本当です!」
「じゃあ〇〇に●●の◇◇を」
「男子高校生にしてはいけないことをやらすのはなしの方向で!」
「何でもするって言ったから」
「限度はあります。訂正しましょう。放送コードに引っかからない程度の範囲で、命に危険もない範囲で、お願いします」
「しかし今の時代、何をしても引っかかる可能性はある」

 部長が悩まし気な顔をしたその上にある木の枝から、一人の忍者が舞い降りてきた。
「世界の秩序を乱すBL作家の命、貰い受ける」
 政界の中枢にも読者の多い彼女の作風から、こうして命を狙われることはこれまでも度々あった。こういう時の為に僕は、日々地獄の無理難題を切り抜けてたくましくなっていたともいえる。考えるよりも先に身体が動き、埋められていた地面から一瞬で抜け出した僕は、木の実を忍者の目に正確にぶつけて視力を奪った後、タックルして忍者を倒し、部長から投げ渡されたロープで手足を奪った。
「その女にやりたい放題書かせたらどうなるか、君が一番よくわかっているだろうが!」
 そんなことを叫ぶ忍者を残して僕らは山を降りた。

 忍者の潜んでいた木の枝から落ちた葉が部長の髪の毛に引っかかっていた。取り除く際に「頭を打ってないですか?」と聞いて頭頂部の辺りを確認した。なでなでしているみたいだな、とふと思った。
「今の、もう一回して」と部長が私の手を取って呟いた。
「何ですか部長、もう葉っぱはついてないですよ」
「なでなでして、あと『部長は気にせず書き続けてください』って言って」
「部長は忍者の襲撃とか宇宙人の襲来とか気にせず書き続けてください」
「なでなでしながら」仕方なくそうした。
「『僕は部長(の作品)が好きです』って言って。意図的に(の作品)は口にしないで」
「この台詞どうやって口にしてるんですか?」
「いいから」
「僕は部長が好きです」そしてなでなで。
「もう百回」
「一回じゃなくて?」
「僕は部長が好きです」そしてなでなで。を百回繰り返した。

 それから部長は日産一冊ペースで中年同士が熱く絡み合う作品を書き続け、結果的になんやかんやあって宇宙人の地球征服を阻止したりするのだが、それは後のお話。

(了)

 今週のシロクマ文芸部「木の実と葉」に参加しました。「中年同士の絡みしか書かない文芸部部長に振り回される男子生徒」シリーズ、いつの間にか第四弾です。創作論でよく出てくる忍者を出してみました。作中紹介した「小玉オサム」氏の著作は、ここではちょっと紹介しかねますので割愛。


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