「ペチュニアの咲く丘に」#4 デート
咲良は真司との落語デートまで、真司の歌や動画をたくさん聴いた。
物がありふれている今の時代には珍しい貪欲で素直な歌詞、お世辞にも売れてるとは言えないが、それでも前を見て歌い続ける姿勢……
咲良はいつのまにか真司に惹かれていった。
落語デート当日、待ち合わせ場所に真司は下駄を履いてきた。
この人変わってる……と、思うのが普通なのだろう。
しかし、咲良は人と違う所に魅力を感じた。
下駄が鳴らす甲高い音色が商いを終え閑散とした浅草の夜を色付けた。
「江戸時代にタイムスリップしたみたい」
咲良がそう言うと、真司は屈託のない笑顔を見せた。
二人は寄席で落語を鑑賞し、それから浅草の赤提灯が連なるホッピー街で飲んだ。
咲良にとってホッピーは苦かった。
「ホッピーってビールよりも苦く感じるね
。」
「苦かったか。焼酎が濃かったのかな。中を薄くしてもらおうか。」
咲良はこの時初めてハッピーには”中”と”外”という存在を知ったのだった。
日曜日の夜と言うこともあり、咲良はそろそろ帰らないといけない時間になっていた。
帰り道二人は自然と手を繋いでいた。
どちらが会話をするわけでも無く、昼間の観光客が入り混じった浅草と別の顔を覗かせる静寂な夜道を下駄の音色だけが鳴り響く。
緊張する咲良の鼓動を下駄の音が包み込む、居心地のいい空間だった。
駅まであと少しのところで、真司は突如立ち止まった。
「俺と結婚してほしい」
咲良はさっきまでの静けさとの寒暖の差に驚き、返答に困っていた。
すると、真司は続け様に
「咲良ちゃんといると居心地がすごくいいんだ。
好きって言葉では説明できないのだけれど、結婚を前提に付き合ってほしい。」
咲良は驚いたものの、真司の真剣な眼差しとストレートな表現に嬉しくなっていた。
「よろしくお願いします」
26歳の咲良。もう、いい大人だが、どこか中学生の恋愛を思い出すような、うぶな恋がスタートしたのだ。