ネパールの詐欺師に感情移入した話
ネパール旅行初日に、詐欺師にあった。
自分がちょっと先に飛行機がついたので、同行人を待っているときだった。
あと1時間以上することないなぁと街のど真ん中で思って突っ立ってると、怪しげなネパール人から声をかけられ、「この先で祭りをしてるから案内してやる」と言われた。
明らかに怪しい。
とはいえ暇だし命の危険まではないだろうと思いついていくことにした。
謎の寺に着くもただ参拝する人がいるだけ。明らかに祭りなんてしてない。
機械的に参拝のやり方や寺にあるオブジェの説明をする彼。
こなれすぎている。こなれすぎて言葉に感情が乗ってない。作業と化してる。おそらく何度もしてきたのであろう。
その後「学校が潰れそうなのでこの絵を買ってほしい」と彼の言う『学校』まで連れて行かれた。
連れてかれた先は明らかに学校じゃないし、教室もなければ子供達もいない。そういうと「今日は休みだ」と言われた。平日の昼前に?
1個1個絵を広げながら「この部分はこういう意味がある。これは神様を表している」と淡々と説明する。そして500ドルで買ってくれと電卓を叩いた。
正直そのまま帰っても良かったが、これしかないと言ってたまたま財布にあった25ドルだけ置いて安い絵を買ってやった。その後「家族の分の食事を買ってくれ」と言ってきたが、これ以上付き合っていられないので帰った。
彼は詐欺師か、クリエイターか
この詐欺自体はよくある話でしかないが、いざ自分が体験するとちょっと共感的な気持ちになってしまった。
彼が言うには、彼は22歳で提示した絵は彼が描いたものらしい。
どこまで本当かは分からないが、自分もクリエイター側に属する側の人間なので彼の立場になって想像してしまったのだ。
この絵を1枚描くのに、何時間かかっただろう?
自分が何時間もかけて作った創作物が、「貧しい子供達のために」という嘘を乗っけた形でしか売れないとしたらどうだろう?
この絵の色合い、細かい装飾に、何か彼の人生や想いが込められているのだろうか?
そうして描かれたこの絵自体に魅力を感じて買ってくれる人は、おそらくほとんどいないだろうか。
彼が必死に絵の説明をして「どの絵が一番良かった?」と聞いてきた彼に、もしクリエイターの心があるのだとしたら、とてもいたたまれない気持ちになる。
自分はプログラマーで、クリエイターの1つとして捉えるならばだいぶ恵まれた立場にある。自分の創作物は必ず金になるからだ。
しかし世の中全体で見るとそうではない。
ネパールで売られる絨毯やアクセサリーはほとんど買われることなく、店頭に置かれ続ける。
自分は恵まれた日本という国で、プログラマーという仕事をしているから創作活動ができているだけにすぎない。
嘘をつき、絵を売りつけようとするネパール人を前に、そんなことを考えていた。