記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

愛と時間は比例しない。映画【ファーストキス 1STKISS】感想

はじめに

 先週から劇場公開が始まった【ファーストキス】。早く観たいという気持ちを落ち着けながら、映画館に向かったのだが、観終えた今もまだずっと余韻が残っている。タイムトラベルというファンタジーな設定を扱いながら、日常という名のリアルさが共存するような作品で、これ自分の日記だろうか……と思った方もいるのではないだろうか。温かい湯船に浸かったような温もりが続いていて、忘れぬうちに感想を書き留めておきたいと思う。

あらすじ

 15年前に出会い、惹かれあって結婚した駈とカンナ。生活のためにサラリーマンの道に進んだ駈と、舞台の美術に携わるカンナは互いに忙しい日々を送っていた。愛し合っていたはずなのに、ふとしたことですれ違い、離れていく二人の距離。会話の数が減り、向かい合って朝ごはんを食べることがなくなり、寝室が別れた二人は、最終的に離婚を決意することに。ところが、離婚届を出す予定だった駈が、事故に巻き込まれて帰らぬ人となってしまう。それから時は経ち、首都高の事故に巻き込まれたカンナは、時空の歪みに足を踏み入れて2009年にタイムトラベルし……

夫の運命を変えるために過去へと戻る妻の奮闘記かと思っていたが、これは全てが息苦しくなった瞬間を生き抜くための救いの物語だった。1秒でも誰かとの大切な瞬間があれば、この先きっと生きていける。時間の長さは愛の深さに比例しないからこそ、この瞬間を大切に生きてみないかと問いかけられているような作品でもあった。

少し脱線するが、自分を助けてくれた推しの運命を変えようとする【ソンジェ背負って走れ】。本作はタイムリープを扱う作品で大好きなのだが、企画意図が繋がるものがある気がして、世界観は異なるが合わせておすすめしたくなった。

※以下本編の内容を含みます

ミルフィーユのような時間軸

 劇中でも出てくる、過去現在未来がミルフィーユみたいになっているという表現。改めてどういうことか考えてみた。

2009年と2024年をタイムトラベルするカンナは、一本の線上を行ったり来たりしているように見えるが、実際は過去を変えるたびにもう一本別の線を生み出しているのではないだろうか。上の図のように、分岐を作っては、その延長線上の未来へと戻り、またそこから過去へとトラベルする。

異なる選択をするたびに生まれるパラレルワールドを旅しており、この1回目〜N +1回目の複数の世界をミルフィーユのようだと表現しているのかもしれないなと。(今この瞬間にも別の選択をした異なる未来を歩む自分が違う時空にいるのかもしれないと思うと、なんだか急にワクワクしてきた。)

カンナがタイムトラベルする前の駈の人生

 これはかなり妄想でもあるのだが…二人が出会い結婚することは必然で、カンナのタイムトラベルもまた必然だったとしたら。カンナがタイムトラベルをする前の駈は、既に15年前にカンナと出会っていた可能性があるのではと。自分が死ぬことを知りながらも、未来から来た妻と出会い、恋をして、離れていく関係性に、何度やり直したいと思いながら事故の日を迎えたのだろうかと、つい考え耽ってしまった。

出会わない未来への「ごめん。」

 博物館のような場所で一瞬映るカンナと駈二人の背中と共に、「ごめん」というカンナの言葉。これは、出会わない未来を選んだ自分の選択に対する謝罪なのかと思っていた。でも、この言葉の意味が最終的にガラリと変わった。きっとこれは、未来がわかっていたとしても、もう一度戻る決断をした自分自身へのごめんでもあったのではないだろうか。たった一人でも自分を理解してくれる人がいて、その人との記憶があれば生きていける。逆にいうと、その記憶がなければ、全てが無意味に感じるのだと。改めてその大切さにハッとする瞬間でもあった。

恋愛感情と靴下の片方はいつかなくなるもの

劇中でも印象的だったこのセリフ。何度も何度も過去へとタイムトラベルしたカンナは、果たして靴下の片方を無くしたのか、がふと気になっていたのだが、この答えもまた自分にとって心を温める理由の一つだった。

15年前の駈ともう一度恋をして、見失っていた恋愛感情を見つけたカンナ。そんなカンナが後半、両足セットの靴下を履いているのを見た時に、感情と共に靴下も見つけたように感じて、何だかすごく温かい気持ちになった。愛と靴下は無くしてもまた見つけられるんだと。

1回目のキス

 本作のタイトルにもなっているファーストキス。この言葉の意味を帰り道にふと考えていたのだが、二人にとっての記憶している1回目は異なるのだなと。未来から来たカンナにとってははるか遠い昔の駈との思い出で、駈にとっては未来のカンナとが初めてのキスであること。それはまるで、過去と未来の時間を結ぶように二人がキスをしたということでもあるのだと思い、胸がぎゅうっとなった。

一緒に食べ切るか、一人で食べるか

 柿ピーに含まれるおかきとピーナッツがそれぞれ好きな二人。そんな二人が共に時間を過ごした瞬間は、きっと二人で一袋を食べたのだろう。そこから次第に距離が空いて、おかきだけがお皿に残っているのを観た時、感情の経過を柿ピーで表現するセンスに全力で拍手した。日常にあるものを映し出しながら、感情の動きや時間の経過をこうやって表現できるのか……と思うと同時に、日常的なものだからこそ、しばらくの間いろんな場所で柿ピーをみると二人を思い出すと思う。

論理的な駈の恋は、結論ファーストだった

 駈という人を一言で表すならば、めんどくさい。物事に対して、全てを順序立てて1から10まで論理的に説明する駈は、絶対に口論したくない相手だと思う笑。だけれども、ここにギャップがあって、恋をした時の駈は論理の説明を多少はするけれど、結論ファーストだ。自分の気持ちをシンプルな言葉でいきなり伝える駈の姿に、まだ準備できてない心臓がバクバクし、カンナと同じように何度も同じ場面をタイムトラベルしたくなった笑。そして、人間味があってまっすぐで、嘘はつけなくて、愛情深いこの駈という役に息を吹き込んだ松村北斗氏の演技が良すぎて、他の作品を見たくなった。めんどくさいと思うと同時に、なんて魅力的なんだこの駈という人間は……と思わずにいられなくなると思う。

本作で木の幹のような存在のカンナこと松たか子氏

 3年待った餃子がうまく焼けなくて、仕事も大変で、嫌なことばっかりで。そんなカンナが、もう一度恋をして、大切なものを見つけ出していく。その変化の過程を独特のコミカルさを織り交ぜながら演じていく松たか子氏が素晴らしすぎたし、ここまで解像度高くキャラクターの性格が伝わるために一体どんな役作りしているのかめちゃくちゃ気になった。そして、20代にも40代にも見える演技の振れ幅がすごかった。

韓国版の予告とポスター

 最近予告とポスターがXでアップされていたのだが、めちゃくちゃグッとくる。多分夕日がカンナを照らすあの瞬間、駈がカンナに恋をした瞬間でもあるような気がしていて、それを切り取ったようなポスターを観て本編をもう一度観たくなった。

監督のインタビューを読んでいると、"駈が宙に手を伸ばすけど何も掴めないというシーンを複数いれている"と書いていて、これまたハッとする。意外と夫婦って真っ直ぐ見ることって少なくて、時間が経てば立つほどに横からが多いよなと。時間の経過と共に変わっていく横顔の表現も素敵だな…

そして、今この瞬間を心のシャッターを切るように大切に生きようと語りかけるようなポラロイドのイラストのポスターは、二人が出会う瞬間を脳内で一気に蘇らせてくる。

短めにまとめられた予告は、あぁこの瞬間を入れるのかと、これまた良くて、何度も繰り返し観てしまった。

見逃してしまった部分があるような気がして、もう一度ゆっくり観たいなと思う。