【小説】もしもあの日に戻れたら
水曜日、
「ブーっ! ブーっ!」
スマートフォンの音で目が覚める。
もう、10時か。
起きないとな。
俺は重い身体を起こす。
「……えっ? 園山さんから着信だ」
園山さんは、俺が週に2回面談をしてもらってる。担当の訪問看護師の1人。40代の男性だ。
園山さんは火曜日、もう1人の担当が木曜日だ。
何かあったのかな?
俺はすぐに折り返し電話をかける。
「もしもし、園山さんですか?」
「あっ、富田さん。すみません、朝から。実はですね。木曜日の梅野さんがですね、体調を崩してしまい、このまま退職になってしまいまして、しばらくの間、週1回で私だけの訪問でお願いできますか?」
「えっ、あぁ、分かりました」
俺は頭が真っ白になった。
とても話しやすい人だった、もう1人の担当看護師さんの梅野さんが、体調不良で退職してしまった。
俺は突然の別れにショックを受けた。
この前の木曜日は、元気そうだったのに。
梅野さんは、女性の看護師で、32歳の看護師さん。
俺の一回りも上なのに、なぜか友達感覚で、5つ上とか、3つ上とかの人と話している感覚だった。
だから、とても話しやすかったのかな?
最後に会った、先週の木曜日は元気そうだったのに。
何があったんだろう?
……まぁ、一利用者の俺が考えても仕方ないか。
しかし、1人話しやすい人が居なくなり、俺は学校での嫌な出来事を話せる人が少なくなった。
園山さんも話しやすいが、週1回では、かなりキツイ。
一度、園山さんに、いつ新しい看護師さんが入るか聞いたが、1ヶ月後になると言われた。
そりゃそうだよね。
突然の退職だから。
そして、俺はありえないことを考えるようになった。
もし、梅野さんと最後に会った日に戻れたら、何か声かけはできなかったのか?
それによって、もう少し退職を先延ばしにはできなかったのか?
そう思ったが、やっぱり一利用者の俺の励ましじゃ意味がない。
そもそも、過去には戻れるわけがない。
そう思った。
そのまま、その日は眠りについた。
次の日、俺は目の前の景色に驚愕する。
スマホを見ると、梅野さんと最後に会った日に日付が戻っている。
最初は誰かがイタズラでスマホの設定をいじくったと思った。
しかし、
「ブーっ!」
……えっ!?
梅野さんからメールがきた。
「富田さん、本日の訪問は喫茶店でよろしかったですか?」
この時、俺は察した。
過去に戻ったんだと。
梅野さんとの面談は午後3時。
それまでに話すことを考えなきゃ!
話す内容によっては、梅野さんの退職を阻止できるかもしれない。
そう思い、色々考えた。
……でも、
「富田さん、こんにちは」
「あっ、こんにちは」
「入ろうか」
「はい」
俺と梅野さんは喫茶店に入った。
「今日は、何か悩みあった?」
「学校でいじられちゃって……」
「そうなんだ。富田さんやさしいからね」
「そうですか?(笑)」
面談は順調に進み、
「じゃあ、お会計して出ようか。次回は、火曜日に園山さんね」
「はい、分かりました」
そして、店を出て、
「じゃあ、また来週ね」
「……はい」
俺は車の方へ走っていく梅野さんを見て、
「梅野さん!」
もういちど呼んだ。
梅野さんは立ち止まり、
「ん?」
不思議そうな顔をした。
俺は、
「……どうか、お元気で」
と話すと、
梅野さんは少し困惑したが、何かを察し、
「ありがとう。富田さんもね」
と言い残し、走っていった。
次の水曜日、
起きると、園山さんから着信が入っていた。
〜完〜
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