人を巻き込む
周囲を巻き込むということ
「巻き込み力」という言葉を使うことがあります。仕事を進める上で他者と協働するとき、この「巻き込み力」なるものが大切だと言われたりします。
では、この巻き込み力とは何なのでしょうか。
HR領域でパーソナルパワー、ポジションパワーという言葉があります。
個人がもつ人柄や経験、実績、専門性からなるパーソナルパワー。
肩書や役職から発せられるポジションパワー。
ある仕事を成し遂げるために必要な成員を確保する、という観点ではポジションパワーを使って強制的にアサインする方法が考えられます。
しかし、こういった人の集め方に対しては「巻き込み力」という言葉はあまり使われません。
あらためて巻き込み力とは何か。それは、「ある仕事を成し遂げるために必要な成員に働きかけ、主体的に行動してもらう状態をつくる」力だと私は考えます。
私自身は内発的動機の信奉者であるため(モチベーション3.0を未読の方はぜひご一読ください。Amazonは在庫がないようですが、大きめの図書館にいけば借りられると思います)、なぜそれをやるかわからないままにアサインされてもなかなかパフォーマンスを出すことができません。なので自身が取り組む仕事では内発的動機を大切にするし、誰かと一緒に働くときはその人の内発的動機を大切にします。
なので「いかに人を巻き込むか」というと、「巻き込みたい人の内発的動機を喚起しようと試みます」が答えとなります。ただ、その内発的動機の喚起の仕方は自分と相手の関係性によって異なってきます。
前置きが長くなりましたが、本稿においては「私自身がもっている巻き込み力を言語化し、周囲を巻き込みたいと思っている人、そして将来の自分にとって実際に人を巻き込むためのヒントを得る」内容にすることを目的としています。
そのために、「巻き込みたい人々を巻き込むためにとってきた行動を、自身の関係性それぞれに分類して紹介する」というアプローチをとります。
価値観が近い人を巻き込む
まずは一番カンタンなところから。すでに価値観を共有できている、同じことを大切にしているような人たち。
そういった人たちは、「これやってみたいんだけど・・・」「これがすごくよかったんだけど、どう思う?」と表明するだけで「それいいね!」と共感し、行動してくれることが少なくありません。
仕事ではありませんが、最近こんな出来事がありました。
「ネガティブ思考こそ最高のスキル」という書籍がかなりクリーンヒットだったので、SNSでその旨を投稿したところ、多くのアジャイル実践者たちが「面白そうですね」「ポチりました」「座談会やりたいですね」とリアクションしてくれたのです。(下記のURLからリプを辿っていただけると、原文が読めます)
実はこの「価値観が近い人を巻き込む」ことはとても大切で、誰か一人巻き込めた時点で自分がやろうとしている志を持つ人間の数がN=1ではなくなるんですね。心強いというのもあるし、「個人の感想」が「集団の想い」に変わっていく端緒になるのです。
ただ、価値観が近い人はほぼ勝手に巻き込まれてくれるから楽勝かというとそうではありません。
そもそも、外へ向けて発信しているか?やりたいと思っていることは頭の中にだけあって、奇跡的に誰かが「◯◯やろうぜ」と言い出すのを待っていないか?さすがにこの状態だと、価値観の近いその人がエスパーでもない限り巻き込まれてくれる見込みは大きくありません。
また、日頃から自分の価値観を表明しているか?共有しているか?人は、人の人となりを知ればこそ共感するわけです。素性の知れぬ人間に「これおすすめですよ」と言われたり「絶対にこれをやるべきです」と言われても共感することは難しいでしょう。
価値観が近い人を巻き込むというのは、価値観が近い、信頼関係が築けている人がいるのであれば一番最初にとるべき方法となります。一方でそういった信頼関係が築けていない領域なのであれば、まずはそこを築いていくのが第一歩となります。
同じバスに乗る人を巻き込む
組織で何かをなそうとすると、周囲を巻き込むことはほぼ必須になってきます。そこには価値観が近いとはいいきれない人たちも含まれるため、その人達をいかに巻き込むかがキーになってきます。
同じバスに乗る、つまりミッションやビジョンを共有している間柄での巻き込みは以下のステップでやっていきます。
相互理解を深める
信頼関係を醸成する
相手の内発的動機に基づき巻き込む
まずはお互いを知る。「ドラッカー風エクササイズ」のようなワークショップです。お互いの価値観を開示し、相互理解を深めていきます。
続いて信頼関係の醸成。人を信頼する、信頼されるというのは一朝一夕に達成できるものではありませんし、道のりも一つではありません。私は以下のようなアプローチを取っていました。
雑談の中で価値観を知る
「偏愛マップ」で興味を知る
その人の価値観や偏愛を理解するために、偏愛対象のコンテンツに触れてみる
野球が好きな人なら野球を観てみる、など
1on1や雑談の中で「あなたのことを知ろうとしていますよ」というサインを出す
仕事にせよ趣味の話にせよ耳を傾ける
意見が合わないときは頭ごなしに否定せず、その価値観を理解したうえで自分の考えを話す
いざ書き出してみると当たり前のことばかりですが、相手を尊重してコミュニケーションチャンネルを開き続ける、これに尽きるのかなと思っています。
このようにして信頼関係ができてきたのであれば、いよいよ巻き込みたい内容について話していきます。このときの最重要ポイントは「相手の考え、価値観を尊重する」ということです。もし巻き込みたいことに共感してくれなかったら、いったん退きましょう。
もし「せっかく信頼関係まで築いたのになんでやってくれないんだ!」なんて考えが頭をもたげるようであれば、相手の価値観への理解がまだ足りてない可能性がありますので、相手を押し切ろうとするのではなく自分を見つめ直す内省を行うタイミングです。
さて、共感してくれない、行動してくれない場合にどうするか。もしかしたら以下のような状況かもしれません。
今やっていることと不連続すぎて不安がある
興味なくはないが自信がない
まったく本当に興味がない場合もありますが、上記のような状況になることも少なくありません。そのときは不安を取り除くために実例を提示したり、「まずは一緒にやってみましょうか」とガードレールを敷いた上での実践を促したりするとよいでしょう。
遠くにいる人を巻き込む
あなたが信念をもってやっている仕事があります。価値観の近い人はすぐに共鳴してくれましたし、最初は乗り気じゃなかったチームメイトたちもいまは積極的に関わってくれています。
あなたがやりたかったことが軌道に乗り始めました。そうすると見えてくる景色が変わります。あなたはこう考えるかもしれません。
ーーこの動きを組織レベルまで展開できたら、組織がずっとよくなる。
このアイデアが生まれたとき、あなたが巻き込みたい対象には直接的に関わりがない人も含まれていきます。
この段階になってくると、同じバスに乗る人を巻き込んできたような「一人ひとりと対話して巻き込む」という方法は難しくなってきます。「人間が安定した社会関係を維持できる人数の認知的上限」と言われるダンバー数、150人を超えるような規模であれば「無理」と言い切ってもよいでしょう。
この段階では、ある程度メッセージの強度が弱まることを覚悟して、多くに伝わるような形でのメッセージングをしていきます。おおまかに以下のような順で取り組んでいくことになります。
ビジョンを示す
取り組むためのガイドラインを提示する
成功事例を示す
サポート体制をつくる
発信し続ける
ビジョンを示す
なぜそのような取り組みをやりたいのか、それによって得られるものは何か。近しい関係性の中では自明だったことが、これから巻き込まれる人にはそうじゃなかったりします。あらためてビジョンを言語化しましょう。
取り組むためのガイドラインを提示する
あなたやあなたの周囲で取り組んだことから、ある程度の「勝ち筋」のようなものが見えていることでしょう。逆に「これはやっちゃいかん」というものもわかっているはずです。それらをガイドラインの形でまとめ、「やってみようかな」と思った人がとっつきやすい環境をつくります。
成功事例を示す
これが遠くにいる人を巻き込むにはとても大事で、「これをやるとうまくいきますよ」ということが実感できる身近な例を示していきます。組織に広がれば広がるほど成功事例は増えていきます。
なお、この「成功事例」をつくるためにも、ファーストペンギンであるあなたは死にものぐるいで最初の「成功」を掴むことが大切だったりします。
サポート体制をつくる
「ちょっとやってみっか」と巻き込まれ始めたけども、まだ完全に「巻き込まれる」に至ってない段階だと、何か躓きがあったときに「これは自分たちには合ってないからやめよう」という意思決定になりがちです。そうならないために、困りごとがあったら相談しサポートする体制をつくりましょう。
そして、相談を受けたらすぐにシュバババっと駆け寄って助ける。それも大事なポイントです。
発信し続ける
新しいことを始めると、ポジにせよネガにせよ反応が生まれます。ですが時の流れとともにそれは背景と同化し、「昔あった斬新な取り組みの一つ」として思い出の1ページになってしまう危険性をもっています。なので、巻き込みたい!変わりたい!周囲を変えたい!世界を変えたい!という志をもったあなたは、発信続ける責務があるのだということを心得ておいてください。
北風と太陽
今回は、様々な局面においていかに人を巻き込むかについて書きました。
最後に、人を巻き込む上で自分が大切にしている考え方を共有しておきます。
北風と太陽。
旅人に衣服を脱いでもらうためには、外部要因(北風でふっとばそうとする)ではなく内部要因(太陽の暑さで自ら脱ぎたくなる)がキーとなっていました。
人を巻き込むときも一緒です。外からむりやり動かしたって、一時的にはワークするかもしれませんが長続きしません。巻き込みたい相手を知り、対話し、自ら動きたくなる状態をつくるのが一番よいのです。
そして、何かしらのポジションをもってしまっている場合、知らず知らずのうちにポジションパワーが発揮されてしまいます。本人にその気がなくても、「課長の命令だから・・・」「スクラムマスターがやれっていってたから・・・」「先輩がいうなら・・・」と、ポジションパワーを源泉として人が動いてしまうことは往々にしてあります。(自戒を込めて
太陽たれ。無理やり動かすのではない、自ら踊りたくなる状況をつくる。それが、人を巻き込む上で一番大切なことだと私は考えています。
参考文献
巻き込み力について考えるときに参考になる書籍をいくつか紹介します。
古典の中の古典。
巻き込む際に心理的安全性の醸成は不可欠になります。
広い範囲を巻き込もうとした場合、その組織のカルチャー・サブカルチャーは大きな影響を持ちます。
巻き込み力、巻き込まれ力のすばらしい実例。