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「人と話す」というインプット

はじめに

これは、「[いちばんやさし,いきいき]+いくおの Advent Calendar 2021」十一日目の記事だ。

土曜日はインプットについて。今回は雑談や対話を通して生まれるインプットのお話。

人に伝える課程で暗黙知が言語化される

先日、クリエーションラインの安田さん、笹さん、小坂さんと雑談する機会があった。そのときに感じたのが、「人に何かを説明することで、自分の中にある言葉になっていないものが言語される」ということだ。これは、自分自身の知識を言語化して自分自身のインプットとして再取り込みを行うことができる、ということだ。

非言語が言語化される

「それって○○のときはどうしてるんですか?」「どうやって進めていったんですか?」そういった質問をもらい、答えを考える過程でこれまで言語化されていなかったものが言語化されてゆく。

異なるコンテクストからの視点で気づきを得る

そしてもうひとつ。あるトピックについて、異なる組織に属する人たちと話すことで自組織内の人たちとの話では得られない気づきが得られるということ。

事象を切り取る角度が違う

自組織にとっては当たり前のものが異なる組織ではそうじゃなかったり、勝ちパターンがアンチパターンになったりその逆もあったり。
じゃあそのうまくいくいかないの成否はどういったコンテクストに依るのか話し合ったり…。

「当たり前」を共有しよう

先日の雑談が自分にとってよいインプットになったのは、クリエーションラインのみなさんが聞き上手話し上手だ、という要因が多分に働いている。けれども、言葉になっていないことを言語化する、異なるコンテクストで事象をみつめて気づきを得る、という二点は普遍的に有効なものではないかと思う。

当たり前だと思っていることを共有することで、その過程で言語化されより深く理解することができる。そして、異なる視点を得ることで当たり前にゆさぶりをかけることができ、そこからさらなる学びが生まれる。
そういった意味で、積極的に他者と「当たり前」を共有しておくことを、私はおすすめしたい。



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