みじかいお話 #5 ~あくびの朝~
不思議な朝だった。曲がり角のあたりから霞がかかって、その先は何も見えない。白い霞はすぐそばの山も遠くの山も隠してしまって、見えているのは自分のまわり数十メートルだけ。まっすぐな道に出ても広い道に出ても変わらず、霞を抜けてきた人や車が、また霞の中へ潜っていく。
いつも静かな道なのに、ずっと何か音がしている。頭の上を飛行機が飛んでいくときは、こんな音だった気がする。でもそうだとすると、この飛行機は頭の上でホバリングしていることになる。大きさが変わらないから。だからきっと違うんだろう。
真っ白な空に、まん丸い光がある。穴のようでもあるけれど空っぽではなさそうだし、かと言って塊という感じもしない。いつだって空にあって、いつもはまっすぐ見ると黄色や緑色のヘビが飛び込んでくるから見ていられない。晴れていても、曇りでも。でも今日は、いつまでも見ていられる。ヘビたちはどこへ行ったんだろう。そのまん丸は、白といえば白かもしれないけれど、もっと明るくて、でもギラギラしているわけでもない。色はないのかもしれない。でも見えている。
息がまつ毛で結露して、視界の上の方にポコポコ丸いものが映る。丸は半分だったり全部だったりする。瞼の縁がちょっと濡れていて、この感じは何かに似ている。泣いているわけじゃない。そうだ、あくびだ。試しにあくびをしてみたら、やっぱりそうだ。視界が一瞬ぼやけてから、すっきりする。あくびと違うのは、ぼやけるのが視界の上の方だってこと。あくびでぼやけるのは、下の方だったり、全部だったり、外側だったりするけれど、上の方だけっていうのはあまり無い気がする。
あくび、あくびって書いていたら、あくびが止まらなくなった。瞼の縁どころか鼻の入り口も湿ってきて、視界もぼんやりして、結露みたいだ。今朝も寒いから、本当に結露なのかもしれない。それで、もしかしたら昨日の朝は地面ぜんたいがあくびをしていて、太陽だと思ったまん丸の光も空の結露だったのかもしれない。