『緑の予言者』
ジョン・ミューア 著 熊谷鉱司 訳
自然保護の父といわれるジョン・ミューアの自伝。少年時代に移住したアメリカでの生活が描かれている。移住当時12~13歳の彼は、厳格な父親の指揮のもとで一日16時間の肉体労働をし、開拓地での家族の生活を支えた。その過酷さは、成長期にもかかわらず身長があまり伸びなかったというほどだ。井戸を掘る作業をしていて、地中のガスを吸い込んで窒息死しかけたこともあるという。
しかしこの本には、全体を通して何とも愉快な空気が流れている。一章分、あらゆる鳥の名前を挙げ続けては褒め称えたり、夜に弟と屋根に登って怖い思いをしたり… 彼はユーモアの塊だったのではないかと思えてくるが実際はどうなのだろう。
私の中では、ジョン・ミューアといえば「ジョン・ミューア・トレイル」だ。アメリカのカリフォルニア州にあり、ヨセミテ国立公園からマウントホイットニーまでを繋ぐ約340kmのトレイルで、アメリカ西海岸を縦断するパシフィック・クレスト・トレイルの一部でもある。ジョン・ミューアの自然保護の功績を称えて名付けられたトレイルだ。
アメリカ国内にはいくつものトレイルがあり、長いものでは約3400kmに及ぶ。ハイカーたちはこの距離を、時おり街に下りて物資を補給しながら歩ききる。トレイル上でハイカー達をサポートする「トレイルエンジェル」と呼ばれる人々もいて、文化としてロングトレイルが根付いている。
私は歩くことが好きだ。目的地がなくても、歩く。電車に乗れば数分で着くところを30分かけて、歩く。健康のためというのでもない。ただ、歩くことが気持ち良いから、歩くこと自体を目的として歩いている。山に登るのも好きだけれど、それも一つには、歩くことが好きだからだと思う。歩く道が、足元が石でゴツゴツしていたり、土の感触がしたり、周りを緑に囲まれていたらすごく良いなと思う。山に登った翌日、街中の平地を歩いていても、足には山の感触が残っていることがある。あれは病みつきになる。
そんな私が数年前、偶然「ロングトレイル」という言葉を知り、これだ!と思った。歩ききったところで何か貰えるわけでもないのに、途方もない距離を何週間も何ヶ月もかけて歩く。
ある夏、片道15km程の距離を45Lのザックを背負って歩いたことがあるが、見送ってくれた人たちには「バカだね〜」と言われた。しかしロングトレイルはそんなレベルではなく、周りにいる人も自分と同じように、ただ歩いている。「何のために」とか「何が楽しいの」と言われるのには慣れているし、言われることに不快感も無いけれど、みんながそれをやっている、そんな場所があることを知って感動した。いつか歩きに行くつもりだ。
ちなみに、ロングトレイルについて知りたいと思っていた頃、ある本屋で『LONG DISTANCE HIKING』というバイブルのような本を見つけた。その時は、思わず「おぉ…」と声が出てしまった。この本との出会いがその本屋だったことを、最近ふと思い出した。当時地下にあったその本屋は、今では明るい光の射し込む場所に移り、偶然に導かれて、私は今その本屋で働いている。