空想の美術準備室
あの人がいつも下校する初等生を窓から見ていた。美術準備室に並んだ画布にハーフ・パンツの少年が一人ずつ増えていった。生徒のいなくなった音楽室から、しらない歌が流れていた。
大人たちは学校にいて、なにかをするために、せかいではなくこの校舎を選んで、みずから、鍵をしめた。少し脱線をしている。たとえば彼の描いたものが見知らぬ街の婦人だったなら。
ささくれだった木の廊下の、窓の桟にみえかくれした画鋲の、図書館の帰り道に見たような気がした、生垣の影に沈んだスカートのはし、わたしは(だれかがなにかをかくしている)。
だれかがなにかをかくしている
だれかはわからないけれど
なにかもわからないけれど
それがわかればきっとなにもかもわかる
(谷川俊太郎「ひみつ」)
「わたしは、おもいだせない」「なくしたもの、手に入れられなかったもの、ただ憧れたもの」「記憶にもない忘れものを取りに戻ってきて」「それがなにかを無限択のなかから探している」「……ありもしないなにかが」「かつてのわたしを再び踏みつけてでも」「いま欲しくて堪らない」「――へー、先生」
「それであんた、午後16時、遮光のカーテン引いて、鍵のかかる準備室で、同僚とセックスしてんの」
「救いようがない」
「この先にも、振り向いた後ろにも」「なんにも無いよ」「あんたずっと明かりを消した部屋の壁にじぶんをぶつけて慰めてるんだ」
「可哀想なら救われるかい?」
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