だまされ旅図鑑 #1「インドネシアのコブラ地面師」
旅をしているとだまされることがある。手法は千差万別で、旅先ならではの個性と味わいがある。そんな「だまされ旅」を図鑑的にまとめていく本シリーズ。第1回は、インドネシアの「コブラ地面師」である。
2024年の夏。インドネシア駐在の先輩に会いに、首都・ジャカルタに来ていた。コピーライターである筆者は、以前に小説「テスカトリポカ」で読んだ「コブラサテ屋台」に行きたいと思っていた。「サテ」とは「焼き串」のことで、鳥や牛など(インドネシアは9割がイスラムなので豚はない)を路上で焼いて販売している。その中に、コブラをその場で絞めて焼いてくれる屋台があるというのを聞いていたのだ。
ジャカルタ北部に、マンガブサール通りという屋台街がある。中華料理屋、ドリアン屋台、バイク屋、牛や鳥のサテ屋台など、数々の店が立ち並び、台湾の夜市のような熱気があって、筆者はワクワクしていた。駐在中の先輩に聞くと「このへんは中華料理を食べに来たりはするけど、屋台のコブラサテは聞いたことがない」という。とりあえず中華を食べて落ち着き、お腹いっぱいになったところで外に出ると、時間は20時くらいであった。店に入る前には少なかった屋台も数が増え、盛り上がってきている印象だ。
通りを行ったり来たりしながら、探していくと、それはそこに会った。コブラが何匹かうずまいている檻。80cm四方程度のケージの中で、コブラは舌を出している。インドにいるような胸部分が大きく広がっているタイプではなく、どちらかというとマムシなどに近い。その生生しい姿に、畏怖と興奮を覚える。
だが、店主がいない。屋台と檻があり、コブラが蠢いているだけである。その前に立ち、周りをキョロキョロしていると、1人の子どもが近づいてきた。「サテコブラ?」と聞いてくる。家族経営の店なのだ。「1本1,000円だよ」と英語で伝えてきた。札を渡すと、満面の笑みで「テレマカシー!」と叫び、猛ダッシュで屋台街へ消えていった。
10秒ほど立ちすくむ中年日本人たち。そう、彼は詐欺師だったのだ。
そこにコブラはある。屋台もある。お金を渡した相手だけが違った。これはもしかしたら、「地面師」と同じなのではないか、と思い至った。悔しさはあるが、1,000円という額や、その鮮やかな技に、ちょっと感動してしまった。
※その後、別の屋台で、無事コブラを食べられました。血を白酒で割ったものは血の味やニオイはなく、ほぼ酒の味だった。身は鶏皮のような味だった。