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吉冨さんって、どんな人?(後編)
高知県土佐山にあるNPO法人「土佐山アカデミー」事務局長の吉冨慎作さんは、なんとも謎に包まれた人だ。『龍馬街道』というファンサイトを立ち上げたと思ったら『幕末ラムネ』というヒット商品をファミリーマートで販売してみたり、外資系広告代理店でインターネットの戦略を練っていると思ったら、スパッと辞めて高知に移住したり。『世界最速のそうめん流し』をJALの流体力学研究者と企画したり。そんな吉冨さんの言葉はさらに不思議だ。「才能の無駄遣いをする」「オモシロガリスト」「課題は資源」など、一筋縄ではいかないパンチラインが土佐山アカデミーのホームページに並んでいる。これは、一から話を聞かなきゃ分からない!覚悟を決めて幼少期から掘り下げたLONG&DEEP INTERVIEWの後編です。(聞き手:永野広志(Paul.))
前半はこちら
スーパースターと猛獣使い
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ー改めて土佐山アカデミーに所属したきっかけは?
広告代理店で2年間かけて準備していた仕事が、3.11の震災でなくなってしまったんです。停電や自粛などで、広告はまったく出番がなくなり、とても脆弱な基盤の上で成り立っている産業だったんだなと思いました。
ーあの時期は、広告は無力でしたね
電気や、インターネット、プラットフォームがないと成立しない広告とは違って、もっと地に足がついた、フィジカルな仕事がしたいと思っていました。そこで土佐山アカデミーの事務局長募集を見かけて、応募したんです。自分のアイデアや信用を試したいという思いもありましたし、事務局長を外から募集するなんて、よっぽどおもしろい会社か、それともよっぽどバカなのかと思って(笑)。
ー他に地域はいろいろある中で、なぜ土佐山に?
やはり人の魅力ですね。当時の土佐山アカデミーにはすごい人たちが集まっていて。パタゴニアの日本支社長だとか、海洋学の研究者だとか、ドイツで学びスイスで働くデザイナーだとか、スーパースターに囲まれて、自分に求められているのは、事務局として成立させるための「猛獣使い」の役割だなと感じました。
ー所属して最初の期間はどのような課題がありましたか?
クリエイター達の集まりなので、事務仕事があまりきっちりできていないのが問題でした。NPO法人なので、そのあたりの会計や報告ができていないと補助金がおりないんです。外部への支払いを滞らせるわけにはいかないので、自分たち職員の給料が振り込まれない時期もありました。
ーそれはいきなりハードな環境ですね
また、当時の事業は「サステナビリティを学ぶ」プログラムの運営。3ヶ月泊まり込みで体系的に学んでいくという、世界にも2箇所くらいしかない、稀有なプロジェクトでした。ただ、当初は100%出ていた補助金も、2年目は80%、3年目は50%と段階的に減らされていく中で、お金を稼ぐ必要が出てきました。そこで、個人向けのワークショップを何度もやって疲弊して、当初のビジョンである「サステナビリティ研修」がやりたいのに本末転倒じゃないかと、一時は解散の話まで出たんです。
ーよく持ちこたえましたね
解散するのではなく、元のメンバーには理事になってもらって、その代わりに私が事務局長として自由にやらせていただく、という形式に落ち着きました。5年リースで契約している車や事務機器もあるし、実は地域の方々にお金を借りて運営していたというのもあって、もう土佐山アカデミー単体の話ではなくなっていたんですよね。
ー地域の方にも求められていた?
もともと、土佐山というのは、自由民権運動が盛り上がった地域でもありました。「自由は土佐の山間にあり」という言葉があるくらいで。山獄社という政治結社に2000人が集結したこともあるんです。当時から、学びを大切にしてきており、外から入ってくる者への寛容度も高かった。そういった土地柄もあって、「土佐山アカデミーは残した方がいい」と思ってもらえたのは幸いでした。住民のみなさんに説明して、お金を用意していただいた時は、年甲斐もなく人前で泣きましたね。
地域になじんでいくとわかること
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ー地域になじんだなと感じた瞬間はありますか?
やっぱり、「役割を与えられた時」ですかね。「ちょっと●●さん家行って、アレとってきてくんない?」とカジュアルにお願いごとされた時とか。あとはPCの設定をしてあげた時に「秋に米できたら渡すわ」とか1年単位での貸し借りの関係性ができたり。
ー地域の一部として、持ちつ持たれつになっていくのが大切なんですね
特に、食物などの「体に入れるもの」って特別だなと思っていて。いつも野菜をもらっているのに何も渡せる作物がないので、コーヒーキットを持ち歩いて、コーヒーを淹れてまわってましたね。
ー土佐山の人たちの特徴は?
何事も「オモシロ」がるところですかね。例えば台風でビニールハウスが飛ばされるような災害の中でも、「じゃあダムをつくろう、どうせなら、黒部ダムを見学して同じようなものをつくろう」だとか、小学校が廃校になり、人々の集まる場所が必要になった時にも「どうやら海外には、オーベルジュという、泊まれるレストランがあるらしい。それをつくろう」となったり、外の風を取り入れて、楽しく新しいことに挑戦していく気風があるんです。
ー土佐山アカデミーのバリューにもなっていますね
はい。オモシロガリスト®︎という言葉を大切にしています。
課題を資源に変えていく
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ーどうやって土佐山アカデミーを立て直してきたのですか?
サステナビリティ研修は自分にはできなかったですし、最初は個人向けのワークショップをしていたのですが、それにも限界がある。だから、企業向けの研修をしようと思い、研修ができる人材にアカデミーに入ってもらいました。
ー企業研修にも事業を広げたんですね
土佐山の課題を「資源」と捉えて、活用していくことで、日本中の企業に学びを提供することができる。それは、地域のためにもなるし、アカデミーのためにもなる。「三方よし」な状態になるなと思いました。
ー最初の研修を覚えていますか?
実は、最初は県庁職員向けの研修から始めました。空き家問題に向き合っていた時に、空き家から出るゴミには補助金が出ないことなどがわかりました。リノベーションする費用は出しても、ゴミ処理は補助金の項目に入っていない。でも実際は、住んでいて亡くなられた家は家具から何から全部残っています。それらのゴミ処理が空き家問題の中心なのに、行政の人は現場を知らない。だから、補助金の項目が現実とそぐわない。そのようなことを県庁の方と話していて、研修が実現したんです。
ー最初は行政だったんですね
そこから、紹介していただく形で、富士通さんなど、大企業の研修につながっていきました。何度かやっているうちにワークショップの呼吸もつかめて、事業が軌道に乗った感触がありましたね。
世界最速の「流しそうめん」をつくれ
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ー印象的な仕事は?
JALの流体力学の研究者と組んで実施した「世界最速そうめん流し」でしょうか。土佐山地域の「竹林が拡大しすぎているのをなんとかしたい」という課題を遊びながら学びに変えていくために、「エンジニアにもっと脚光を浴びさせたい」JALを巻き込んで、「急傾斜で効率の悪い棚田」を活かしてイベントにしました。話題にもなって、大成功でしたね。
ー関わる人すべてがハッピーになれる施策ですね
「三方よし」を常に意識しているので、この事例はうまくいってよかったです。土佐山は学びの村でもあります。だから、マジメな課題解決だけじゃなくて、遊んでいるうちに学んでいる。遊びと学びの境界線をなくしていくのが大切だと考えています。「才能の無駄遣いする」とよく言っていますね。
ー企業研修以外にも取り組んでいることは?
土佐山に来ていただくだけではなくて、県外に出張する企業コンサルティングもしています。これは「課題が資源」の土佐山だからこそ得られた知見を、県外に持っていく動きなので、「土佐山の宣伝」のつもりで取り組んでいます。「学びの村」をもっと盛り上げたくて。
お手本は「薩長同盟」
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ー大切にしていることは?
「関わる全ての人の未来を、オモシロいほうへ」というのがミッションなのですが、土佐山アカデミーを媒介にして、土佐山の人々と触れ合って、関係してもらう。その結果、オモシロがることが身についていく。そんな化学変化を楽しんでいただければ、と思っています。
ー地域の人々と関わる際の注意点は?
薩長同盟の時の坂本龍馬の動きがお手本です。あの時、長州藩は武器が、薩摩藩は米がほしかった。お互いの「利」をきちんと確保することで、手を結ぶことができる。そうめん流しについても、地域と企業とアカデミーの利がうまく一致して、成功につながりました。地域の課題に対して、しっかりと利があるように、学びをつくっていければと思います。
ーだけど、遊びが大切?
やはり、それぞれのメリットだけじゃなくて、よりオモシロいものに人は集まります。その求心力を信じて、遊びと学びを大切にするオモシロガリスト®️をもっともっと増やしていきたいです。
ーありがとうございました!
自分でもいい振り返りになりました。ありがとうございました!
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