vol.123/ サンキューテクノロジー、サンキュー現代
今年は本当に凄いのだ。
何が凄いかって?
ずっと会いたかったあの人や、憧れのこの人とことごとく会えている。それは会いに行くという行動を取ったというよりも、“選ばれてしまった”といった方が正解でもある。
ハ?ドユコト?
と思うかもしれないが、本当に選ばれてしまった。自分が1番驚いているくらいに。まあ確かに選ばれるためのアクションとしての行動はした、確かにした。でもそれでもだ、だからと言って全部が全部選ばれると思うかい?それがことごとく選ばれるのだ。
これは夏に書いた記事だが、この秋にも対面できる人がいる。まさかまさかのご対面、流石にびっくり通り越してビビったというのは秘密だ。何がどうなっているのだろう?何か私からアンテナがニョキニョキと生えそれをキャッチしてくれているのだろうか?そんなことまで考えたが、未だに解明はできていない。(もしかしたら本当に生えているのかもしれないけど。)
この夏に書いた記事は会いに行く前の心境を綴ったものだったから会ってどうだったかということは残していなかった。今改めて書いてみようと思うのだが、一言これに尽きる。
対面(オフライン)のエネルギー、半端じゃねえ! だ。
今やオフラインとオンラインの両刀使いとなった私たちはハイブリット時代に生きている。ちょっと前までの違和感はスッと消え去り、オンラインでのあれやこれやはデフォルトになり日常に溶け込んだ。今年に入りよりオフラインとの両刀使いが基本となったわけだけど、人と会うことをまだ躊躇ったり、会いに行くのを先延ばしにしている人もたくさんいるだろう。
私も何なら結構あったりする。
それはオンラインで話ができる、仕事ができる、を身を持ってわかってしまったし、身体に浸透してしまったのだもの。
なんて素晴らしいテクノロジーだ!!!
サンキューテクノロジー、サンキュー現代
と叫ばずにはいられなかったがそれも束の間、心のどこかでは気が付いていたそれはちょっぴりの寂しさ、テクノロジーの冷たさなんかも同時に浸透していってた。そんなこともあって、今年は特に自分にとってオフラインの有難さを存分に味わえる年となった。(なっている。)
人と会うことでこんなにもエネルギーを感じられるのか。
隣の人と雑談できることって私にとってこんなに喜びなんだ。
(私の心、一部抜粋)
これらを体験できたことがオフラインに拍車をかけたし、こうして会える環境にも感謝が自然と湧いてくるのもやっぱり自然なことだと思う。今までこれが“普通”だったのに、感謝が芽生えるとはやっぱりこの時代に生まれ、そしてそこに生きている意味があるなと思わずにはいられない。
だからこそ
やっぱり
サンキューテクノロジー、サンキュー現代
こういった感謝を私たちはどこかに落っことしてきてしまってたんじゃないか。
人と人とが会えること。
話ができること。
分かち合えること。
これらは本当に本当に素敵なことで有難いこと。今まで見落としてきてしまったものに目を向けられる自分でいよう。そんな思いがどこかで私のアンテナにビビビっと引っかかって、選ばれているのかしら?なんて思った。
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