
反省③ hatisの日々
朝8時。hatis AO。
昨日の営業はあまりスパイスカレーが出なかったので、今日の仕込みは少ない。
いつものルーティンではないので、ゆったりとした朝だった。珈琲を淹れる。送ってもらった、珈琲豆のサンプル、ミャンマーのナチュラル、中煎り。檸檬の酸と、ミルクの甘みがあった。
珈琲茶碗を片手に、窓の外を眺める。
店をやっていると浮き沈みがある。先週の日曜はとても良かった、でも今週はそんなに。長い目で見ていかなければならない。
絶対数が必要なhatis AOだが、低調なりに安定していて、だがたまにふっとお客さんが来ない日が出る。そういう日は掃除だったり、改装をする。
わかっていても、心細くなる時もある。
変化や挑戦には不安が付き纏う。乗り越えていかないと、状況は変わらない。このままではいけない、だから行動を起こす、ということを繰り返してきた。うまくいかないこともある。
hatisで、一人での朝。静かで、とてもいい瞬間。hatis AOをやっていて、良かったなあと思うときの一つ。
思い返せば、津山での〈hatis 360°〉を含めて、4年間ほど、hatisの日々を送ってきた。〈hatis 360°〉は、持ち家でやっていたということもあって、週5〜週6営業でやってきた。〈hatis AO〉は1日あたりの売上は上回っているが、それでも、年間通しての安定営業までには至っていない。
週明けはすでにバイトで埋まっている。溜息をやりすごし、珈琲を口に含んだ。ひさしぶりに、美味しい豆を飲んだなあ。
疲れた。
そんなに多くないお金で、また部分的に平日営業が始められる。改装の日を作れる。いつまで、労働の日々が続くのだろうか。
自分の意志で始めたことだから、責任はどこまで行っても自分だけど。
Apple Musicから、Tapeというアーティストの『Rideau』というアルバムを選んで、かけた。Tapeはスウェーデンのアンビエント作家。死語になったが、エレクトロニカというジャンルの影響もある。2000年代の音。やすきが一番熱心に音楽を聴いていた頃。
〈hatis 360°〉を閉めて働き出してから、劇的な音楽が聴けれなくなった。70年代のソウルも、強いエネルギー、情動のようなものに、心が拒否反応を示すようになった。あんなに、好んで店でかけていたのに。
アルバムの一曲目をかけて、音世界に浸った。やすきは、音像から、空間に入り込むという癖を持っていた。言葉があると、言葉に引っ張られてしまうので、インストを好んでいた。
ミニマルなサウンドスケープに、郷愁をいざなわれた。心を掴まれる。谷戸の静かさと、心情にリンクした。物語の中にいるようだ。
音の流れにいるうちに、hatisの日々がフラッシュバックする。〈hatis AO〉を開く前。働いて、お金を貯めていた日々。オープンできるかどうか不安になっていた。オープンに恐怖して、踏ん切りがつかなかった。決心して開けたものの、ほとんど誰も来なかった三ヶ月。ひとり、ふたり、ぽつぽつとふえていくお客さん。常連になってくれた人、一度きりになった人。
谷戸会。イベント。人が来ては離れて、その繰り返し。窓のある部屋で、様々なことを話し合った。みんな真剣だった。
平日、働きに出かける。朝6時に起き、川崎まで行って、夜9時に帰る生活もあった。バイトや派遣を通して、さまざまな出会いがあった。世の中の在り方も見えた。
嬉しかったこと、悔しかったこと、悲しいこともあり、しかしどこをとっても楽しく、しんどくもあった。全てが表裏一体。
見知らぬ街だった横須賀が包み込んでくれて、経験をたくさんさせてくれた。
ああ、そうか。どれひとつとして、かけがえのない、大切な時間を過ごしてきたのだ。hatisの日々は。学び、得て、失う。だけど、嫌いだった自分が変わって、好きになれた。先行きは不透明だけど、応援してくれるみんながいる。今までのように投げ出すわけにもいかない。
曲の盛り上がりのところで、心が動いた。地道な日々だけど、とても劇的だった。これで、いいのだ。心がそう肯定した。赤塚不二夫か。
hatisの日々は、濃密な経験だった。一日が三回噛み締めるような。それ以前は、自分から目を背けて、他人の目線に合わせようとしたけど。今は100%自分。だから、落胆する暇もなし、前へ、前へ、前へ。
親族、家族、猫との死別。家族のよう存在との別れ。数多くの出会い。コーキが結婚して、子供がうまれる。生命の誕生。
少しずつ、自分が好きだったhatisが戻りつつある。今は、少しさみしい。いい時間が戻りつつある。
今日は、ぼちぼち人が来てくれた。12月の、暖かい日だった。ラスト数食、完売には至らなかったけど、ゆうきくんが来てくれるのを、待っているところ。ロバート・グラスパーというアメリカのジャズミュージシャンの新譜から、Esperanza Spaldingの会話が入ってる曲が流れている。