【知らない作品二次創作】FGO ~ふたりのガチャ回し~
【重要】
筆者は、FGOをプレイしたことがありません。それどころかソシャゲというものをやったことがありません。
SNSやネットで目にする単語、プレイヤーたちの発言でのみ、その存在と内容をごくごく、ほんの少しばかり、毛の先ほど知っているのみです。
本記事はいわば「ミリしら二次創作」、何も知らない作品についての二次創作小説となります。
FGO、ならびにFateシリーズのファンの皆様におかれましては、その点ご了承の上、お読みくださる/読まない/読んで呆れる、などしていただけるようお願いいたします。
本当にすいませんでした。
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「マスター! ガチャを回しましょう!!」
セイバーが叫んだ。目的地へ行く道にぽつりと緑色のガチャ機が置いてあるのを認めた瞬間、「あーっ、ガチャ!! ガチャある!!」と絶叫し走り寄ってしゃがんだのだ。
彼女はすでにガチャガチャのレバーをひっ掴んで、回す気満々だ。
これは困ったことになったぞ、と俺は思った。もう石はあまりないし、たまに恵まれる詫び石も今日は期待できない。
この世界では、石がないとメシも喰えないし宿屋にも泊まれない。何よりガチャで出てきた仲間たちに石が払えなくなる。
石が払えないとわかった時、奴らは実にドライなものだ。つい昨日、俺のチームを去った宮本武蔵も言ったものだった。
「なにいっ、石がない!? 石がないのは首がないのと同じじゃぞ! わしはヨソのサーバーに行くからな! お主ら、わしが温厚な武蔵でよかったのう! 石がなくても首が残るだけありがたいと思えよ!」
オレンジ色の水着の腰紐に器用に刀を差してから、女の武蔵は豪快に叫んで俺たちの元を去った。巨大な胸が必要以上にたゆんたゆん揺れていた。
「マスター! ガチャ! ガチャ回さないと! 回しましょう! レア出ますよレア! スーパーレア出ますよ! 絶対出ますって!」
セイバーは目を充血させながら俺の顔を見ている。しばらく回していなかったことからくる禁断症状だ。こうなってしまっては、回さなければテコでもここを動かないだろう。
俺は布の袋の中をそっ、と覗く。十連を一度回せる石は残っているが、それを出すと今夜宿屋に泊まれなくなる。
これがノーイベント期間であれば民家の戸を叩いて「すいません、聖杯を探してる者ですが、一夜の宿をお借りしたくて……」と言うこともできたろう。
しかし昨日から、イベント期間に入ってしまった。しかも「大奥」イベントである。
セイバーがしゃがんでいる少し先の道は剥き出しの土から畳敷きに変化しており、イベントに合わせて大奥ゾーンが拡張していっているのがわかる。
大奥ゾーンになれば、襖を叩いて「一晩の宿を」と頼むわけにもいかない。襖の奥にはコシモトやアイショウがいて、「何を申すか下郎の者め! ここをどこだと心得る!」と叱られる。大奥なるものの世界観はよく知らないが、ここの女衆はそこそこ身分の高い人々らしい。
身分の高い奴らへの対応は面倒だ。謝って済めばいいが、こちらが詫び石を払わなくてはならないこともある。払えなければナギナタで襲われたり、さらに運が悪かったら屈強なサムライたちを呼び出されたりする。
サムライは強い。こちらにレベルの高いサムライがいれば圧倒できるが、先日最後のメンバーだった武蔵に去られたばかりである。今や俺のチームは、俺とセイバー2人きりの弱小チームだ。しかも装備ときたら普通のTシャツという最弱状態である。すぐにやられてリセマラに次ぐリセマラ、インフレに次ぐインフレに陥り、あのグランドオーダーにたどり着くことなく終わってしまうだろう。
「マスター! ガチャですよガチャ! 石、どんくらいあるんですか!?」
セイバーはハンドルに指を立てて手首だけをぐるぐる回転させている。
彼女は少し前から、何が出るかより、まず回したい気持ちの方が先に立っている。レアなアイテムや強い英霊を出すより、回すことそれ自体の方が好きなのだ。
「十連が……一回は回せそうだ」俺は答えた。
「十連! 十連! 十連いけますか!!」
彼女は腰を浮かせた。だがガチャのハンドルは決して離さない。必然的に90度お辞儀をしているような格好になった。だがギチギチになった瞳は俺の方から離さない。
「十連! 一発いきましょう! いきましょうやマスター! バクチは一本、泣くならやるな! 十連あったら十回いける! 十回あるなら十回やれる! いきましょう!」
俺はため息をついた。
昔はこんなではなかった。
初期には石もたんとあり、それゆえガチャはガンガン回せた。味方となる英霊はポツポツ出てきたし、カイザーナックルや核ミサイルなどのレアアイテムも簡単に手に入ったものだった。
簡単な話だ。石があるから何度もガチャを回せる。
ガチャを回せるからよい英霊は来るしアイテムも手に入る。
石をたくさん落とす敵と巡り合えなくなれば、そういうものからも縁遠くなる。
それだけのことなのである。
俺は腰を曲げて「ガチャいきましょう! 十連ぶっこみましょう!」と叫び続けるセイバーを見つめながら、過去のガチャの栄光を思った。
二十万連ガチャというのもやった。
バリツを極めたホームズと、腕が百本ある紫式部がいっぺんに出たこともあった。
あれからしばらくの戦闘は楽でよかった。ホームズがあらゆる敵を一発で滝から落としてくれたし、紫式部はいちターンで敵の全体を百の腕で瀕死まで追い込んでくれた。俺とセイバーはアッハッハ、二人ともすごいねぇ~! と言いながら、後方に立っているだけで全ては終了していた。
俺の脳髄に、二十万連ガチャの時のあの沸騰が甦りはじめた。
目の前に並ぶ二十万のキャラクター/アイテムスロット。それが俺のボタンひとつで一気に大回転をはじめる。
首の後ろの血管が太る。血が強く濃く奔流し、脳へと流れこむ。
頭の内側から外側にかけて脳が徐々に熱くなり、目が飛び出しそうになる。視界がゆがみ気が遠くなる。
やがて左上から一つずつ順繰りに止まっていくスロット、その停止の瞬間に頭の奥底からドーパミンが吹き出るのがわかる。噴出を確かに感じるのである。
隣を見ればセイバーも口を半開きにして、止まりゆくスロットを眺めていた。
恍惚、悦楽、俺たちにはその時間、過去の戦いの記憶も聖杯を求め続ける未来もなく、スロットが止まる「今」しかなかった。
俺とセイバーは汗にまみれた手を握り合いながら、性行以上の絶頂を二十万回、ほぼ丸一日、味わい続けた。
これが人生だ、と思った。
「……よしセイバー、大奥に踏み込む前に、一丁やってみようか、十連」
俺は言った。
「や…………」セイバーは絶句した。黒目が瞼の上に入り、数秒間白眼を剥く。
俺がいざ「ガチャを回す」と言うといつもこうなる。もしかすると「ガチャを回そう」と決断したこの瞬間が彼女にとって一番幸せな時間なのかもしれなかった。
「やるん、です、か…………?」彼女は息も絶え絶えに言う。「じゅうれん…… 十連……!!」
「ああ、回すぞ。回してやろうじゃないか」俺はセイバーの肩を抱いて、彼女の細い手の指を包み込むようにその上からハンドルを握った。
「最近とんとツイてなかったものな。そろそろ運がめぐってくるころさ……そうだろう?」
「はい」
「アイテムを5連、英霊を5連の半分ずつで回すぞ?」
「はい」
「一緒に回そうセイバー、いいか?」
「えぇ、マスター、いつでも…………!」
彼女の肩も手も震えていた。俺は体の震えこそこらえていたが、心臓は破裂しそうなくらいに大きく鼓動していた。身を寄せている彼女にもそれはわかっているはずだった。
「さぁ、石を入れるからな」
「はい」
俺は袋から石を出して、十連ぶんだけ投入した。そしてアイテム五回、英霊五回を選択した。
ガチャの正面から巨大なイリュージョンモニタが飛び出て、俺たちの頭上に輝いた。
「…………回すぞ…………?」
おれはセイバーにより強く体を寄せた。彼女の心臓の鼓動も感じられた。
「…………はい。マスター。十連、ぶん回しましょう」
俺たちは二人でゆっくりと、味わうように、ハンドルを回した。
【もやし】
【麦】
【木の弓矢】
【石灰】
【紙コップ】
【小早川秀秋】
【二葉亭四迷】
【田沼意次】
【フランツ・カフカ】
【中岡慎太郎】
もやし一袋を握りしめた小早川秀秋が、周囲の様子をうかがいながら現れた。
小さな麦俵を小脇に抱えた二葉亭四迷が立っている。
弓を左手に、矢を数本右手に持った、老いた田沼意次がそこにいた。
全身石灰まみれのカフカは不安そうな顔つきで棒立ちであった。
100個入り298円の業務用紙コップのビニールを下げた中岡慎太郎は、「……龍馬は? 龍馬はどこにいる?」と呟いている。
「…………微妙、ですね…………」
先ほどまでの興奮はどこへやら、セイバーは静かにそう呟いた。
「ああ、微妙だな」俺は答えた。
「だが俺たちにはちょうどいい面子かもしれん」
セイバーは状況を理解していない彼らをなだめ、この世界の成り立ちと、呼ばれた理由を教えはじめた。
俺は心地よい虚脱感と底無しの虚無感をおぼえながら、すぐ先の畳敷きの道へと目をやった。大奥の、奥だ。
あの向こうに、今回のボスがいるってわけだ。
誰が待っているか知らないが、麦俵でも投げてやろうか。石灰をぶっかけてやってもいい。小早川と中岡は多少の戦力になるだろう。田沼に弓矢は扱えるであろうか。いや扱えたとしても、単なる木の矢ではどこまで戦えるか。
先々のことを考えつつ、俺の頭の隅っこにはまた小さく、あの欲望が渦を巻いていた。
────あぁ……ガチャが……ガチャが回したい…………
【おわり】
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