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【怖い話】 カエレ 【「禍話」リライト85】

 これは、京都にお住まいの方から届いた話である。
「知り合いにAって奴がいるんですけど、そいつの体験で──でも、」
 聞くたびに細部が変わるんですよね。なのでホントの話かどうかはわかりませんよ、と言う。

 そのAくんが大学時代の出来事だそうだ。
 同級生に、Bという奴がいた。
 学部も同じな上に、バイト先も一緒だった。自然と仲良くなったそうである。
 Bはマイペースでおっとりした男で、趣味はギター。作詞作曲もやる。大学では軽音部に入っていた。

 ある日ある時、バイト先でのこと。AくんとBは偶然、休憩時間が重なった。
「なぁ~Aさぁ~」Bが話しかけてきた。「心霊音声って、興味ある?」
 ……動画ならわかるが、心霊の“音声”?
 その疑念が顔に出たのか、Bはそれがさぁ~、と説明しはじめた。


 オレさぁ、音楽やってんじゃん? カバーもオリジナルも。学校ではもちろん、家でもバリバリ練習と実践、やってるワケよ。
 で、iPhoneにボイスメモってのがあって。まぁボイスレコーダーだよな。それに録ってチェックしたり、イイのが出来たらネットにアップとかしてんの。あんまり反応はないけど……。
 ……いや再生回数が伸びないのは別にいいんだよ。そんでこないだ、録音してたんだよな。いつも通り、二階の自分の部屋でさ。
 両親は出かけてたし、姉貴は一階にいたから、暑かったもんで風が入るようにドア、半分くらい開けて、弾いて歌ってたんだよな。で……

 俺が歌いはじめてしばらくしたら、風もないのにドアがバタン! って閉まってさぁ。なんだぁって思ったけど最後まで歌って、録音したのを再生してみたら。

 ドアがバタン! って閉まる前に、「帰れ!」って男の声が入ってて……。

 あわてて廊下に出て一階に降りたけど、親父もおふくろもまだ帰ってなかったし、姉貴は風呂だったし……第一あんな声、聞いたことないしさぁ。すっかりビビっちゃって……。
 でもよく考えたら、オバケにまで歌、ダメ出しされたってことじゃん? それ、けっこう傷つくよな~! いや怖いのは怖いんだけど! ちょっとな~!!


 ビビったと言う割にはヘラヘラと、Bはこのように語ったそうである。
「でさぁA。その録音したヤツ、聞いてみない?」
 BはAくんに尋ねてきた。
 どうもうさんくさいな、とは思ったものの、好奇心には勝てなかった。
「う~ん……じゃあ一応、貰っとこうかな」


 音源はその日の夜、メールに添付されて送られてきた。
 さて、どんなもんか──
 ヘッドホンをして、よし、と腹を括って、再生してみた。

 ギターのイントロが流れはじめ、Bの歌声が重なった。ドラムもベースもない、素描のような音源だ。Bのオリジナルソングらしい。
 歌が上手かったり、曲の出来がいいならよりよかったのだろうが、そうではなかった。
 平べったくて、盛り上がりに欠ける曲で、歌唱力も素人のそれだった。
「幽霊の声が入っている!」と言われなければ、申し訳ないのだがちょっと聞いていられない歌だったそうである。
「う、う~ん……」とAくんは思った。「でもまぁアイツ、天然なとこもあるからなぁ……こんなもんか……」
 ともあれ、オバケの声が気になる。耳をすませていた。
 いつ聞こえてくるんだろう。

 すると、ギターと歌声の隙間。

「カエレ」

 おおっ聞こえた!
 Aくんは驚きつつ喜んだ。これが霊の声か……

 ん。待てよ。
 AくんはBの話を思い出す。
「ドアが閉まる前」、つってたよな?
 しかしドアの閉まる音は聞こえてこない。
 それにアイツの言い方だと、ブーイング風の「帰れ!」だったはずだ。
 そうではない。呟くように「カエレ」と言っている。若い男の、力ない調子で。

 あのヤロー、さては相当に話を「盛った」な? 
 いぶかしみつつもヘッドホンは外さずに、とりあえずドアが閉まる音を待つ。

 抑揚のない歌をそのまま聞いていると、
「あれっ」
 Aさんはあることに気づいた。

「カエレ」という言葉は、さっきの一度きりではない。
 曲の隙間、隙間、十数秒おきくらいに入っているのだ。


「カエレ」
「カエレ」
「 カエレ」
「 カエレ 」


 何度も耳にしているうちに思った。
 ──これ、Bの声に似てるような。
 Aくんはふん、なるほどな、と鼻を鳴らした。
 これはBのイタズラだ。音声アプリか何かで、曲に自分の「カエレ」って言葉を重ねてるんだ。
 アイツ、まったくしょうもないことを──

 いちど納得しかけたAくんだったものの、
(──で、なんでこんな音源作ったんだろ)
 疑問が浮かんだ。
 イタズラやひっかけにしては雑すぎる気がする。いくら天然のアイツにしたって、声を加工するとか何かするんじゃないか?
 と言うか、休憩室で聞いた話と実際の音声が違いすぎる。
「帰れ!」じゃなく「カエレ」だし、一回きりじゃなく何回も呟いてるし、ドアが勢いよく閉まるのも、まだ聞こえてこない。

 どうにも実態が掴めないので、Aくんは停止を押さないままにしていた。

 そのうちに、わかってきた。
「カエレ」という言葉の前と後ろにも、何か言っている。
「帰れ!」ではなく「カエレ」であることも妙だと感じていた。関西弁みたいに、「エ」にアクセントがあるように聞こえる。
 これは、文章の一部なのだ。
 ギターと歌声の背後にある、「カエレ」という言葉に集中してみる。


「 カエレ」
「……カエレ」
「……ニカエレ」
「……ニカエレ……」
「……ニカエレル……」
「オ……ハ……ニカエレル……」


 背中を丸めて聞き入っているうちに、徐々に全文がわかりそうになってきた。

 音源ファイルがあと40秒ほどを残した時だった。
 唐突にすべてが、はっきりと聞こえるようになった。


「お盆は なんにちに 帰れるんですか」
「お盆は なんにちに 帰れるんですか」
「お盆は なんにちに 帰れるんですか」
「お盆は なんにちに 帰れるんですか」
「お盆は なんにちに 帰れるんですか」
「お盆は なんにちに 帰れるんですか」


 バタン!

 Aくんは飛び上がった。
 ヘッドホンからの音ではなかった。

 暑いのでAくんは部屋のドアを開けておいた。
 それが勢いよく閉まったのだ。
 風もないのに。

(は……? は?)
 ヘッドホンを投げるように外して廊下に飛び出る。
 誰もいない。
 一階に下りると両親は居間でテレビを観ていた。
「いま……誰が来た?」
「いや?」「ここにいたけど」
 両親は顔を見合わせる。

 と、手の中が震えた。
 握りしめていたスマホ、Bからのメッセージだった。

どう? 怖かった?
けっこういろんな人に聞かせたんだけど
どうも反応が、いまひとつなんだよねえ~

 さっきの衝撃と、このおっとりとした文面との落差に混乱して、問い質す気にはならなかった。

おお、うん。
怖かったよ。

 そう返すのがやっとだった。

 既読はついたが、Bからそれ以降の返事はなかった。

 そんなことがあったので大学でもバイト先でもあまり深い付き合いはしないようになり、そのうちにバイトのシフトが変わってしまい、Bとはますます縁遠くなってしまったそうである。


 音源がイタズラだったとしても、Aくんの部屋のドアが勝手に閉まったことの説明はつかない。
 Bからメッセージが届いたタイミングもちょうど良すぎる気がする。
 親御さんでなく学生のBに「お盆は なんにちに 帰れるんですか」と声の主が尋ね続けるのもおかしい。
 無関係なはずのAくんの部屋のドアはなぜ閉まったのか。音源を聞いたせいなのか?
 全体がギクシャクしていて、わけがわからない。

 Aくんは時々、あの声やドアが閉まったことを思い出して少し怖くなる、と言うらしい。

 なお思い返すに、あの「カエレ」の声は、B本人ではなかったような気がするという。
「Bと年齢の近い若い男が、Bの声を真似て、後ろで囁き続けている」
 どうもそういう感じがする、と語ったそうである。



 ……もしかすると、なのだが。
 Bくんはこれを録音した後で、もっと怖い目に遭ったのではないだろうか。
 それがあまりにも怖い出来事だったので、「帰れ!」と言われてドアが閉まった、というちょっとした怪異として、記憶を書き換えてしまったのではないだろうか。

 それは、Aさんの身にも当てはまる。
「ドアが閉まった」以上に、恐ろしい体験をしているのではないか。
 なにせ(冒頭の投稿者さんいわく)「聞くたびに細部が変わる」というのだから。
 頭の中で上書きを繰り返している結果、毎回毎回ちいさく違う話になっているのかもしれない。


 ……などというのは全て、筆者の妄想の産物である。

 とりあえず言えるのは、「部屋のドアは閉めておいた方が無難」ということであろう。

「本当は閉まったのではなく、閉めておいたドアが開いたのではないか」
「そこから何かが顔を覗かせたのではないか」
 などということをふと想像したが──
 この可能性は考えないでおきたい。




【完】


☆本記事は怖い話ツイキャス「禍話」……の別館、聞き手の鬼こと佐藤実さんが投稿・おたよりを読んでポイントを付与する、
 特ホウ逢マガシリーズより、編集・再構成してお送りしました。付与されたポイントが何に使えるかは不明です。


ふたり舞台「禍演」名古屋/大阪公演は盛況のうちに終了。
「禍話」がゲスト出演したホラードラマ『心霊マスターテープ2 念写』のDVDが8月に発売。
 怪奇団地恐怖映画『N号棟』には禍話名義で「考察」が採用されてしまう快挙があり、
 禍話ブレーンのおひとり余寒よさむさんによる現代怪奇民話『怪談帖』の編集もいよいよ佳境。
 おそらくそろそろ有料配信ライブ第3回目の気配も漂って……きている……ような、
 あとなんかこう、他にもなんかあるかもしれなくて忙しい「禍話」の情報まとめサイトはここ↓↓なのだ。ブックマークをしておくのだ。

なお「禍演」大阪公演で大暴れした石野桜子さん&禍演主催・壱夜さんのアフタートークはこちらです。↓ 


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