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【怖い話】 ノックして下さいね 【「禍話」リライト65】

 全国チェーンではないマイナーなコンビニが舞台の、短いお話。

 Cさんとその彼女は仲むつまじいカップルで、昼夜問わず頻繁にデートをしていた。
 その日も車で出かけ、気まぐれに少し足を伸ばして、田舎道を飛ばしていたそうだ。
 夜、田畑ばかりの道はおそろしく静かで、車のエンジン音以外は何も聞こえない。
 どうということのない話をしながらドライブを続けていると、彼女がCさんの脇をつついた。
「ねぇ、トイレ行きたいんだけど……」
「あーハイハイ……じゃあコンビニかなんかあったら、借りよっか」
 ところが折悪く、車は山道に入ってしまっていた。左右には森林があるばかりで、コンビニどころか民家すらない。
 男ならともかく、女性がそのへんの草むらで、というわけにはいかない。
「いや~、コンビニないなぁ~」
「……あの、ちょっと私、この調子だと、ヤバいんだけど……?」
 最悪の場合そのへんの草むらで……という選択肢も頭に浮かびはじめた頃だった。
 道の先にぽつん、と明かりが見えた。
 コンビニの看板だった。
 よかった、とふたりで胸をなで下ろした。

 セブンやファミマのような大手ではない、まるで知らないブランドのコンビニだった。
 駐車場に車を入れて、店の真ん前に停めた。
「ん?」
 Cさんはその時、妙なものを見た。
 コンビニにつきものの、大きなガラスの窓がある。
 そのガラスに、虫が沢山へばりつくように死んでいた。
 光源に寄ってきてそのまま力尽きたという死に方ではない。
 高速道路を飛ばしていて「ベチッ」と激突して潰れたような死骸だった。何十もくっついている。おかしな死に方だ。
 ただCさんはその時、変なこともあるもんだな、掃除くらいすりゃいいのにな、くらいにしか思わなかった。

 明らかに気の急いている彼女と共に車を降りて、煌々と蛍光灯のついた店内へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませえー」

 Cさんはその挨拶に、少し驚いた。
 もう深夜にもかかわらず、男の店員がレジの中にいた。しかも座ったりもせず、立ったまま。
 山のコンビニで、夜中で、他に客はいない。品出しをしていた様子もない。バックヤードで休むとか壁に寄りかかっていても、誰も文句は言わないはずである。
 都会の忙しいコンビニだって夜はダラついてるのに、ずいぶんと仕事熱心な人もいるもんだと思いつつ、
「すいません、トイレ借りますね!」
 とCさんは店員に声をかけた。
「ええ。はい。どうそ」と店員は答えた。それからこうつけ加えた。
「ノックしてから入ってくださいね」

 ……ノック? 
 Cさんは早足の彼女の後ろについていきつつ、駐車場の様子を思い出す。
 他の車はなかった。一台もだ。
 雑誌の前を通って、トイレへと向かう。
 トイレの手前に貼り紙がしてあった。

「どうぞご自由にお使いください」

 ごくありふれたデザインの張り紙の下に、

「入る際は必ずノックをしてください」

 と、手作りめいた注意書きが付け足してある。

 ……なんだこれ? 
 Cさんが眉をひそめているうちにも、彼女はトイレの戸の前に到着していた。
 店員の注意と張り紙に律儀に従って、コンコン、とノックする。
 勢いよくドアを押し開けて、中に入った。
 ……やっぱり、誰も入ってないじゃん。当たり前だけど……
 Cさんの疑念はふくらむばかりだった。


 数分後、スッキリした顔で彼女が出てきた。
「いやぁ~よかったよかった。一時はどうなるかと思った」
「ホントよかったなぁ」
「しかもここのトイレ、洋式でキレイでねぇ。ウォシュレットまでついてて、お得感があったよ」
「お得感て」

 言いながらCさんは、自分もついでに用を足してしまおうと考えた。まだもよおしてはいないものの、いつ行けるものかわからない。

 いま、彼女がトイレから出てきたばかりだ。
 他に客はいないし、目の前を横切った者もいない。
 当然Cさんは、ノックなどする必要はないと判断した。

「じゃあ今度は俺、入るから」
 と彼女に言い残して、トイレのドアをノックしないまま開けた。
 Cさんは無人のはずのトイレに入ろうとした。


 洋式の便座に、男が座っていた。
 壁の上から、延長コードのような太く白いヒモが長く下がっている。
 コードは男の首にグルグルに巻きついていた。
 座っているように見えた腰が、少しだけ浮いていた。
 男の口からだらしなく、舌が飛び出ている。
 死んでいるようにしか見えなかった。


 男は、さっきレジにいた店員だった。

「うわっ!?」
 Cさんは叫んでドアを閉めた。
「えっ、どうしたん?」彼女が飛んでくる。
 いや……なんか……なんかさ……、と言葉を失いつつも、Cさんはゆっくりと再び、ドアを開けてみた。

 トイレの中には誰もいなかった。

「……えぇ? ちょっ……えぇ?」
「なになになに? どうしたの!?」
「いや、今、中……中が……」
「何もう! 超怖いんだけど?」
「俺もよくわかんなくって…………」

「ノックしなかったでしょう」

 騒いでいたCさんたちの背後に、いつの間にかさっきの店員が来ていた。
 やはり、トイレの中で死んでいた男と同じ容姿、同じ顔だ。

「あっ、あの……すいません」
「ダメですよ。ノックしないと。ノックしてくださいって言ったじゃないですか」
「すいません、すいません」
「ノック、してくださいね」

 レジに戻っていく店員の背中に、Cさんはスイマセン、スイマセンと何度も謝った。なに? マジでなんなの? と袖を引いてくる彼女は「あとで……あとで話すから……」となだめた。

 もう用を足すどころではなかったものの、このまま帰ってしまうのもはばかられた。なにやら迷惑をかけたようだし、あの店員も怖い。特に買う必要もなかったがティッシュや栄養ドリンクなど、目についたものを数点取って、詫びるような気持ちでレジへ向かった。
 500円ほどの買い物、Cさんが支払いをして、ビニール袋に商品を詰めてもらっている最中だった。
 男の店員がCさんにぼそりと、こう聞いてきた。


「さっき、中にいたのって、僕でしたか?」

「……へ?」

「さっき、トイレの中にいたのって、僕でしたか?」


「…………いやあの、スンマセンわかんないです! ごめんなさい! すいません!」
 Cさんは平身低頭でそうごまかし、ビニール袋を掴み彼女の腕を引っ張って、コンビニの外に出た。
 そのままの勢いで車に乗り込んで、真っ暗な山道を逃げるように飛ばして引き返したのだという。


 夜のコンビニでは、何があるかわからない。




【完】



☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」の
 本放送以前の録音の断片 禍話 第0夜(禍話フラグメンツ)より、編集・再構成してお送りしました。


☆☆「禍話が某雑誌に載りますが、なんの雑誌かは絶対に当てられません」という禍話クイズの正解は、
  『早稲田文学 2021年秋号 ホラー特集』でした。えぇそうなんですよ、『早稲田文学』に載るんですよ……どうなっちょるんですかね世の中は……!?
(リンク)http://www.bungaku.net/wasebun/magazine/


★怪奇ドラマ『心霊マスターテープ2』に出演、ファッショントレンディ雑誌『Maybe!』に載り、入野自由×水谷果歩でドラマになり、
 有料配信したら怪異が起きてコメントが10000を軽く越えて、さらには『早稲田文学』に載ることとなり、
 えっとあと確かMステにも出るんですか? 出ない? そんなこんなで世間を浸食して恐怖をバラまき続ける「禍話」って
 実際のところなんなのか……? えっ男の人が顔出し無しの音声のみで怖い話をするだけ……? そんな馬鹿な……
 それらの真実がすべてわかる 禍話wiki は四六時中開いていていつでも読めていつでも聴ける! ブックマーク不可避!!
 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/%E7%A6%8D%E8%A9%B1%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

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