【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 82&83
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それからの数日、俺たちはわざわざ遠出して、その地域でいちばん大きな飲み屋のいちばん混み合う時間帯に入って噂をふり撒いた。
「なぁ、カンザスのでかいバーが焼け落ちて、百人だかの死人が出ただろう……」
「ほれ、義賊でならしたハニーも撃たれて死んだ、っていう、あの残酷なアレよ……」
「あれをやったのは、どうやらジョー・レアルと残り何人かの仲間らしい。どこぞの町に逃げてきた男の証言もあるそうだ……」
「カネのせいさ。分け前が惜しくなった……」
「怖いよな。仲間も、仲間になろうとした奴も、みんな、殺しちまった……」
翌日は離れた別の土地で別の奴にこれを吹き込む。
「『どっちだか』が焼かれただろう。あれはジョー・レアルが、カネを分けるのが惜しくなってやったらしい。逃げてきた奴が保安官にそう語ったそうだ」
店の中に、直接でも間接でもいいが、この話を聞いたことのある奴がいたら万々歳だ。あっちで聞いた話をこっちでも聞いたら、それはもはや噂ではなく事実になる。そしてそれは急速に広まる。悪い評判ならさらに倍の早さで。
何せあのジョー・レアルがカネに目がくらんで極悪非道をやった、って話だ。魅力的で、劇的で、人の心の暗い部分をくすぐる。
果たして7日目、ぐるりと回ってオクラホマのでかい飲み屋で俺が「ついこないだ、州の境にある『どっちだか』ってバーが黒焦げになったろう?」と話を切り出すと、初対面のその若い男は「あぁ、知ってるぜ」と言った。
「ありゃあどうも、ジョー・レアルが仲間を殺したって話だ。恐ろしい話だよな……」
俺は腹の中で笑った。それからこう答えた。
「ああそうだ。本当に恐ろしい話さ」
それから、その「もう半分」の仕事の最中の真っ昼間にやった蛮行についても話しておくべきだろう。
外壁を叩いて合図してから、導火線を伸ばしたダイナマイト──襲撃の時の残り物だ──に俺は火をつけた。
その合図で、中ではダラスが太った体をさりげなく格子側に寄せたはずだった。
でかい爆発音と共に、牢屋の外壁がぶっ壊れる。
顔を隠した俺たちがその穴から入っていくと、ぶるぶる震えるダラスがそこにいた。
「よくも逃げやがったな!! ジョーが許さねぇってわめいてるぞ!!」
俺は銃を構えながら、外にも内にもよく聞こえるように大きな声で脅してやる。
「やめてくれ! 殺さないでくれ!」
ダラスは膝をついて手をかざして俺と、同じく顔を隠したモーティマーにおびえて見せる。必要以上にでかい声で叫びながら。
「ジョーはな! 直々にお前を八つ裂きにしたいそうだ!」
「そんな! 許してくれ! あんたからジョーにかけあってくれ!」
ここで牢屋の外に保安官の姿が見えたから、俺はそいつの肩を撃った。生かしておくのはこのお芝居を目撃してほしいからだ。
「さぁ、さっさと来い!」
「助けてくれ! ジョーに殺される!」
「来るんだよ!」
俺たちは外につけていた馬に乗り、ダラスを無理矢理に乗せたふりをして走り出す。
…………これでダラスは再び、ジョーにさらわれた形になった。
逃げてきた銀行員を牢屋を爆破してまで捕まえ、保安官にケガを負わせた、ジョー・レアル団。
この事件はダラスの言葉を補強し、俺たちのばらまいた噂と繋がるだろう。
そうすればジョーには立場も、弁解の余地も、その機会もなくなる。
かくして俺たちの計画は九割方完成したのだった。あとの一割は何かって? そりゃあ……
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…………ジョーはあくまでも静かな声で、俺たちにこう尋ねる。
「俺の名を騙って、あちこちでカネを奪い、人を傷つけていたのは、お前たちだろう」
俺たちは数秒間、誰も、否定も肯定もできなかった。
真実を突かれて口が動かなかった。
7日ののち、すっかりジョー・レアルが「分け前が惜しくて、相棒のハニーや仲間、それに仲間志望の奴らを無数に殺した」と認知されたあたりで、俺たちは実益も兼ねて稼業を再開した。
馬車に銀行、金持ちの家、中くらいの家、金目のものがありそうな場所はとにかく襲ってやった。晴れてこちらに戻ってきたダラスの「とっておきの情報」も役に立った。
顔を隠して「ジョー・レアル団だ!」「皆殺しにするぞ!」「黒焦げになりたいか?」と叫ぶのは実に、実に効果的だった。
それでも抵抗した奴は、殺さない程度にだいぶひどい目に遭わせてやった。結果的に死んだ奴もいたが、たいていは死なないくらいにいたぶってからこう言ってやるのだ。
「ジョー・レアル団をなめるなよ?」
駄目押しとばかりに、ジョーが金を分け与えた貧乏な村を襲って、銭にもなりそうにない穀物やら何やらをかっさらったりもした。抵抗した奴? 言わずもがなだ。
世間の噂によれば、その時ジョー・レアル団のひとりが言ったそうだ。
「くれてやったものを返してもらいに来たぜ」
効果的な台詞だったが、残念ながらこれは俺が言ったのではない。たぶんトゥコだろう。奴はこういうことを思いつく。
俺たちはジョーの威光と名声をごりごり削るように仕事を続けた。それこそ馬車馬みたいに働きまくり、その分カネが馬鹿みたいに入ってきた。
俺たちはまさに自由だった。現場を押さえられさえしなければ、全てがカネに狂ったジョー・レアルの仕業になった。何をしても。どうしても。
「どっ、どこにそんな証拠があるってんだよぅ!」
ようやくトゥコが叫んだが、返事の遅さと動揺で虚勢だってことが丸わかりだった。
その質問にジョーは答えなかった。答える必要がないと判断したのかと思ったが、違った。
奴はトゥコの顔を見た。それからゆっくり、俺たちの顔をツゥーッと、流れるように見渡した。
ジョーは人さし指で、まずモーティマーを指さした。
「お前は、『どっちだか』で、俺にウソを教えて、あそこから追い出した奴だ……それに……」
指が横に動く。
「お前と。お前、それにお前……」
ジョーの深く暗い声が響く。人差し指が、トゥコと、ブロンドと、俺を順々にさした。
「お前たちの顔を見た」
ジョーは顔を真っ直ぐに上げた。その瞳にはじめて、怒りの感情がかすかに見えた。
「墓場で……ハニーの眠る墓場で、お前たちは、俺たちを襲った」
俺たちはまた数秒間、誰も、否定も肯定もできなかった。まったくその通りだったからだ。おまけに俺はジョーと目が合っていた。
はじめて顔を見合わせたのが墓場で、しかも殺し合うためというのが、いかにも俺たちにお似合いといった出会い方だった。