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【怖い話】 こたつの怪 【「禍話」リライト107】
Yさんはこたつが嫌いなのだそうだ。
身体に合わないとか苦手だ、とはたまに聞くが、「嫌い」というのはあまり聞かない。
小さい頃に中にもぐって、のぼせちゃったりしたんですか? と冗談半分で尋ねてみると、ちょっとイヤな顔をされた。
「まぁそうとも言えるし、そうとも言えないというか」
よくわからないので、話を聞いてみることにした。
小学1年か2年の時の出来事である。
親戚のおばさんの屋敷に、両親と共に出かけた。
盆正月の挨拶ではない。親類がみんな集まるような、「大人同士の話し合い」の場らしかった。
「行きの車ん中で両親がね、なんとなくピリピリした顔つきだったのを憶えてます」
その証拠に、Yさんは「話し合い」には同席しなかった。
広い玄関先で親類一同とご両親が軽く揉めている様子が、記憶の片隅にある。
「アンタら、子供連れてきてどうすんの」
「預ける場所がなくて」
「子供に聞かせるような話じゃないよ?」
「だって、仕方ないでしょう」
というようなやり取りだった気がする、とYさんは言う。
「預けられるような親類も知り合いもいなかったんでしょうね。近所付き合いもなかったし──」
とは言え、連れてきてしまったものは仕方ない。
Yさんは話し合いをしている座敷から遠く離れた、小さな部屋をあてがわれた。
古臭いオモチャや絵本のようなものを与えられ、「おとなしくしててね」と両親に言われて、戸が閉まった。
──思い返すに、昔は子供部屋として使われていた部屋ではないかとYさんは言う。なんとなくそう感じた。
おばさんの家は立派な日本家屋で、お手伝いさんまでいたそうなのだが、誰もかまってくれなかった。
よその子などいない。おばさんの家にも子供はいないらしく、ずっとひとりきりだった。
「まぁ面白くないッスよね、そんなん」
6、7歳の子供である。
手元の玩具でしばらく遊んでみたりもしたが、すぐに飽きてしまった。
飽きたら、なんだか心細くなってきた。
部屋はしぃんとしている。落ち着かない。
理由はないけれど、お父さんとお母さんの顔が見たくなってくる。
Yさんはオモチャを放り出して立ち上がった。
部屋から廊下に出て、大人たちが去った方へと足を向けようとして──
数歩進んだあたりで、足が止まった。
自分がいた部屋の、すぐ隣の部屋。
その中からざわ、ざわ、と、大勢の人たちの話し声がしたという。
大人たちが実際に話し合っているのはもっと向こうの座敷だ。しかし子供なので「声がする」というだけで、
(あっ。お父さんもお母さんも、みんなここにいるんだ)
そう勘違いして、襖をすうっ、と開けた。
こたつがひとつ、ぽつんと置いてあった。
こたつには、男の人がひとり入っている。
こちらに背を向けて、座椅子のようなものに座っていた。
座ったまま、上半身を前後に揺り動かしている。
「あっ、ゴメンナサイ」
部屋を間違えたと思ったYさんは反射的に謝った。
男は返事もせず、反応もしなかった。腰から上を動かし続けている。
首がかくん、かくん、と力なく揺れている。
襖を閉じていいのだろうか。けれど重ねて謝るのも変だ。どうしたらいいのかわからない。
Yさんは入口の手前、廊下の板の上にしばらく佇んでいた。
男は開けた直後と変わらず、体を揺らしている。
戸惑って黙っているYさんの耳に、かすかに聞こえてくるものがあった。
部屋の中、こたつに入った男が、小さな声で何か呟いている。
口をつぐんで静かにしていると、男の言葉がわかってきた。
「さんじゅうご、さんじゅうろく、さんじゅうなな、」
男は、動作に合わせて数をかぞえていた。
「さんじゅうはち、さんじゅうきゅう、よんじゅう、」
からっぽの部屋だ。数えるものなどひとつもない。
「よんじゅういち、よんじゅうに、よんじゅうさん、」
Yさんの胸の中で不安が膨らみはじめた。
その時いきなり。
こたつの中から、ずるりと人が出てきた。
「ああー、くるしかったあ」
その人は大きな声で叫んだ。
「わぁーっ!」
突然のことに、Yさんは驚いてしまった。
廊下に尻餅をつくと、ずっと先の座敷から大人たちが飛び出してきた。両親も一緒だ。
「どうしたのあんた、おっきい声出して」
と尋ねるお母さんにしがみついて、Yさんは言った。
「ひ、人が。知らない人がいる!」
「えっ、どこ?」
「ここの……この部屋……」
ここ? お手伝いさんじゃない? いやみんな台所よ。まさか泥棒? と呟きながら、大人たちは部屋を覗く。
「おるか?」「おらんよ」「なんもない部屋やけ、隠れる場所もないし」
いないはずがない。
Yさんは首をかしげる大人たちの隙間から、怖々と部屋の中を透かし見た。
物置だった。
窓から射す昼の陽光が、衣装ケースやタンス、積み上げられたダンボールを照らしている。
こたつなどない。
人の姿もなかった。
(えっ……?)
Yさんは目を疑った。
確かにさっきはここに、こたつがひとつ置いてあったのに。
男の人が背中を向けて入っていて、身体をゆっくり前後に──
頭の中でさっきの光景を思い浮かべていた時、はっと気づいた。
こたつと男の人の、大きさのバランスが変だった気がする。
こたつがすごく大きかったような。
いや、入っていた男の人がすごく小さかったような。
考えれば考えるほど、こたつも男の人も、偽物のように寸尺がおかしかったように感じられてくる。
それだけではない。
大声を上げながらこたつから出てきた人の容貌がまるで思い出せない。
男だったのか女だったのか、子供だったのか大人だったのか。
「ああー、くるしかったあ」という声は耳の中にまだ残っている。残っているのに年齢も、男女の別すらも記憶から抜け落ちている。
ものすごく良くないものを見てしまったのではないか──
「まぁほれ、子供だからねぇ」大人の誰かが言った。「ちょっと、見間違えたのかもねぇ。ね?」
同意を求められてYさんは「う、うん」と頷いた。そうした方がいいと思った。
だいたい、子供ひとりを部屋に置いといたのがいけんのよ、さびしかったろうに、という話になって、若いお手伝いさんがひとり遊び相手をしてくれることになった。
怖いので、元の部屋には戻りたくない。
お手伝いさんとは玄関の近くで遊んだのだという。
話し合いはどうなったのかわからないが、とにかく夜になった。Yさん一家は泊まることになった。
子供というのは単純なもので、ご飯を食べてお菓子をいただき、泳げるくらい大きなお風呂に入ってはしゃいでいると、昼の出来事はすっかり忘れてしまった。
客間で父親と母親とYさんの3人、川の字で布団を並べて横になった。
疲れていたのかYさんは、布団に入ってすぐに眠ってしまったという。
暑くて、目が覚めた。
胸元や額に汗を感じた。
目を開けたのに真っ暗なのはいいとして、どことなく閉塞感がある。なにやら息苦しい。
(あ、そうか。布団の中にいるんだ)
頭から爪先まですっぽりと、布団に潜ってしまったらしい。
(なんで入っちゃったのかな。寒いわけでもないのに)
とりあえず頭を出そうとして、「あ」と声が出た。
掛け布団の中にしては、空間が広かった。
手足の周りにも顔の上にも、布の感触がない。けれど分厚い布みたいなものに、距離をおいて囲まれている感じが──
こたつの中だ。
Yさんは怖くなった。思わず身動ぎしたら、腕に何かがぶつかった。
人の足のような柔らかさだった。
それはぐい、ぐい、とわずかに動いている。
これって、昼の。
心臓が止まりそうになったYさんの耳に。
布の外から、くぐもった声が聞こえてきた。
「よんじゅういち、よんじゅうに、よんじゅうさん、」
「うわーっ!」
外からばたばたと走り来る音がして、襖が勢いよく開いた。
「どうしたのっ」「何やっとるんだ」「なんでこんな所に」
大人たちの中には、両親の顔もあった。
Yさんは両親といた客間ではなく、物置の部屋に横たわっていたという。
お昼に変な体験をしたから、そのせいだろう。
両親や大人たちはそう結論づけてしまった。
どこにいても逃げ場がない、と考えたYさんは、両親を説き伏せて玄関の近くに床を延べて、母親に付き添われてそこで寝たそうである。
恐ろしい体験はその一日きりだったが、
「その親戚のおばさんの家には、もう二度と行ってないんですよ。何故行ったのかも詳しくは聞いてないし。
親に尋ねても、『あそこの話はいいのよ』とか『あのおばさんはなぁ』って、適当にはぐらかされちゃって。
縁もプッツリ切れてるらしくって、名前すら教えてくれないんですよ──あの日あそこで、どういう話し合いをやったんでしょうかねぇ」
Yさんは、おばさんの顔も思い出せない、と言う。
【完】
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
禍話インフィニティ 第二十二夜 より、編集・再構成してお送りしました。皆さんも、こたつと寒暖差には気をつけて……
★禍話については、こちらもボランティア運営で無料の「禍話wiki」をご覧ください。
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