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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 29&30

【前回】

●29
「お前、どうして俺を止める? 知り合いか?」
 黒づくめの男は少し付け足してもう一度聞いてきた。
「…………まず、こいつとは知り合いでもなんでもないし……止めようとは思ってないが……」
 俺は正直に告げた。
「……そこの男が、どうするのか知りたい」
「そうか。だが俺は今こいつらを殺す」
「…………それはそうだ。そうなんだがな、だが俺は……聞いてみたいんだよ」
 今の俺の状況は、ガラス細工を棚からおろす時と同じだ。丁寧にやらなくてはならない。
「つまりこいつは……『殺してもいいから、1分だけ俺の言い分を聞いてくれ』と言っただろう?」
「そんなことはいい。今すぐ殺す」
「……気にならないか?」
「……何?」
「そう…………こんなうさんくさい奴がだぞ、本心から『殺されてもいいから1分だけ言い訳させてくれ』と言うか?」
「…………」
「つまり……こいつには自信があるんだ。なんとかできると思っているんだ。たった1分であんたを、怒り狂っているあんたを、言葉でなんとかなだめることができる、とな」
「無理だ。俺はこいつらを殺す」
「そう思っている。俺もそう思っている。ここにいる奴らも、隣にいる女もそう思っている。あたふた喋って1分が終わって、そいつは首の骨でも折られて死ぬとな。だがそいつはそれをやろうとしている」
「………………」
「見ろ。そいつは丸腰だぞ。下着ひとつの姿だ。そんな奴が、腰に銃を下げたあんたに『1分喋らせてくれ』と言っている。これは……要するに……決闘なんだよ。あんたの怒りと、そいつの言葉とのな」
 頭を振り絞って、どうにかして繋いでいった俺の言葉は、最後にこう締められた。
「俺はあんたの怒りとそいつの言葉との、決闘が見たい」


 黒づくめの男はスキンヘッドに手をやって、つるつるの頭を2度ばかりゆっくりと往復させた。自分の中でまだ燃える怒りと、冷静になりはじめたがゆえに現れた好奇心が拮抗しているみたいだった。
 男は手を下ろして、言った。

「…………1分だけだ」

 怨む女に、言い訳したい男、そして脇からしゃしゃり出たバカ。これでカードが3枚。これに1分だけ時間を割いた怒れる男で、カードは4枚。

「ありがてぇ!!!」

 最後に引く5枚目のカードの絵柄は、このチョビ髭の男の「喋り」に託された。



●30
「時計はあるか」
 男は聞いてきたので、俺は懐中時計を取り出しながら、持っていると言った。
「お前が計れ。長針が動いたら、大きく頷いてやれ。そこから1分だ」
 俺は「わかった」と答えた。


 あと10秒なのか、30秒なのか、それはわからない。とにかく「決闘」までの残り時間が減っていく。
 ……まだ明るい。4時12分。どこかで鳥が鳴いている。今から風変わりな決闘がはじまることも知らないで。
 ……観衆は息を詰めて、棒を呑み込んだみたいに立ち尽くして、その時を待っている。
 ……暑くはない。だが俺の髪の生え際からは、粘り気のある、いやな汗が……

 ──かちり

 俺は大きく頷いた。男はチョビ髭の顔を見た。
 チョビ髭は息を大きく吸った。そして口火を切った、



「まず謝りたい! 申し訳ない! すまなかった! 俺ぁあんたが先にこの娘を予約してたってのを全然知らねぇで部屋に連れ込んじまった。あんたが目をつけるだけあってこいつはどえれぇベッピンだし酒も入っててクゥーッと熱が上がっちまったんだ! もしその場で運よくあんたが『予約済だ』とか『それは俺の女だ』と現れてたら、その男ぶりとひきしまった体で一目でコリャかなわねぇと引き下がったぜ! これは間違いねぇ! 部屋に入ってきた時もこりゃかなわねぇと思ったよ! 不幸な事故と言えばそうだがしかしそれで俺の罪が消えるわけじゃないしあんたの怒りは消えない! それは充分わかってる。男としてひと言謝りたかっただけだ! ただこの女はよ! 俺のワガママに巻き込まれただけだ! 殺さねぇやってくれ! こんなに泣いて! 可哀想じゃねぇか! こいつだけにゃあんたの男気と優しさが必要だ! 頼む! 俺はどうなってもいいから! こいつだけは……許してやってくれ!」


 ──かちり
 言い終わって1秒後、長針が動いた。59秒。ほとんどピッタリだった。
「1分だ」俺は告げた。
 もう一度時計をまじまじと見た。こいつ、本当に1分で言い切りやがった、と俺は驚いていた。
 それもただグチャグチャと言葉を連ねたわけじゃない。謝罪、言い分、行き違いのいわば事故であったこと。相手を軽く褒め、しかし自分の罪は認め、それでも女は助けてやってくれと男気を見せる──ここまで全部を、早くもなく遅くもない喋りでやってのけたのだ。
 周囲からも驚きか感嘆かわからない溜息がゆっくり沸き上がった。

【続く】

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