【怖い話】木箱の仏壇【「禍話」リライト61】
夢と現実が繋がっている、ということは、たまにあるようだ。
Aさんは高校のある時期から、同じ夢を頻繁に見るようになったという。
「仏壇の夢なんですけどね。いや、仏壇が『ない』夢かなぁ……」
それは怖い夢なんですか? と聞くと、
「いや、別に怖くなかったんですよ、不思議な夢ではありますけど。でも、実際のところはね──」
それはこんな夢であった。
ある親戚の家、玄関の前にAさんは立っている。その戸をガラガラと開ける。
玄関先にあるものがみんな大きく感じられる。目線も低い。どうやらAさんは5歳くらい、幼稚園の頃に戻っているらしい。
急いで靴を脱いで、家に上がる。まっすぐに続く廊下を走っていく。一刻も早く行きたい部屋があるのだ。
「わぁ。仏壇のおうちだ。早くほとけさまにオマイリしなきゃ」
そんなことを思って駆けていく。まるで遊園地かオモチャ屋にでも駆け込むような気分だ。
バタバタと進んで、家の奥のある仏間に到着する。
襖が閉まっているので、急く心でそこを開ける。
そこには黒い仏壇がある──はずなのだが。
「木箱があるんですよ。仏壇よりひとまわり大きいくらいの」
仏間の隅に、白い大きな箱がある。
桐のような材質で、品のいい雰囲気が漂っている。
箱には観音開きの扉がついていて、子供でも簡単に開けられそうだ。
……どうもこの白い箱が、仏壇をすっぽり全部覆ってしまっているように思える。
そうか。この中にあるんだな。ようし。
両手で取っ手をつかんで、ぐっと一気に開けると。
中には何も入っていない。
まったくのからっぽである。
そこで、幼いAさんは思う。
「ああ、この家からは、仏壇はなくなっちゃったんだなぁ」
とても悲しい気持ちになって、桐の扉を閉める。
さみしいなぁ。なくなっちゃったんだなぁ。
しょんぼりしながら踵を返そうとする。
そのあたりでいつも、目が覚める。
確かに妙な夢ではあるし、怖くはない。
その夢のことは、他の誰かに話さなかったんですかと尋ねた。
すると、一度家族に話してみたそうだ。お父さん、お母さん、お姉さんに。
変な夢だと笑われるのではないかと思ったが、お父さんもお母さんも「へぇー」と感心した。「夢にまで見るとはねぇ」と2人で顔を見合わせる。
「あんたも姉ちゃんも小さい頃、仏壇がものすごい好きだったんだよ。親戚の、おばさんの家の仏壇……」
両親の話によると。
おばさんの家には年に数回、盆や正月などに遊びに行っていたらしい。
幼い頃の自分と姉は、やけにその家の仏壇が好きだったという。
おばさんの家は割合、お金持ちであった。ゲームもあるし本もある。庭も子供が遊べるくらいには広い。
しかしAさんとお姉さんはそれらにはあまり惹かれなかったようで、よく仏壇に向かって手を合わせていた。ふたりして大人のマネをしてお経みたいなものをモソモソ唱えていたらしい。
子供なのに信心深くて珍しいねぇ、と大人たちは話していたそうである。
「覚えてないか?」と逆に聞かれたものの、Aさんは首をひねった。
親戚の家の記憶はおぼろげである。玄関と家の外観くらいはどうにか思い出せるが、あとはおばさんの顔くらい。仏壇のことなどさっぱりだ。
「そうそう、そのおばさんが亡くなってから縁遠くなっちゃってねぇ。最近は旦那さんも具合悪くしちゃったらしくて、入院してるのかな。
今はなんかあんまり評判のよくない息子さんしか住んでないのよね。あんたが小3になったあたりからは、一度も行ってないんじゃないかなぁ」
そんなことを言われたので、Aさんはお姉さんの方を向いた。
お姉さんは2歳上で、今は大学生である。
「俺はあんまり覚えてないんだけどさ、姉ちゃんは覚えてる? 親戚の家……仏壇……」
お姉さんは、ううん、と短く答えて顔をそらした。
私もあんまり、覚えてない。
その夢を見はじめて1年ほど、高校受験を控えた頃に、
「いやぁー、あのおばさんの家ねぇ、アレみたいよ」
と母親が言ってきた。
「やっぱりあの息子さんが、ちょっとね……」
ギャンブルだか遊びだか知らないが、家のお金を食い潰していたそうである。
例の実家はほとんど放置されていて、親類連中が話をしようとしても、彼と連絡がつかない。
「親戚だけじゃなく、変なところからお金を借りてるなんてウワサもあって……どこで何してるんだか……」
息子と連絡がつきづらくなったのが、ざっと1年くらい前。
Aさんがあの変な夢を見はじめた時期だった。
妙な偶然もあるもんだね、などとAさんが両親に言っていた時だった。
「あのさ……」お姉さんがおずおずと言った。
「実はさぁ、Aが見てたようなああいう感じの夢……私も見てたんだよね……」
エーッそうなんだ、とAさんと両親は驚いた。それって、やっぱり仏壇がなくなっちゃう夢なの?
「うん、それはそうなんだけどね。私のはもっと……気持ち悪い夢で……」
お姉さんが見た夢は、こういう内容だった。
親戚の家の玄関の前にいる。小学生くらいの年齢に戻っている様子で、ワクワクしながら玄関を開ける。
「わぁ、仏壇のあるおうちだ。早くあの部屋でおがもう」
靴を脱いで、急く気持ちで廊下を走る。奥の仏間まで来て、襖を開ける。
仏壇はなく、桐らしい大きな白木の箱が置いてある。
そこまでは、Aさんの見た夢とまったく同じだ。しかし。
白木の箱が、がたがたと激しく揺れているのだという。
お姉さんはその異様な状態にかまうことなく白い箱に近づいていって、取っ手をつかんで、ぐっと開けると。
中には何も入っていない。
まったくのからっぽである。
そこで、お姉さんは思う。
「ああ、この家からは、仏壇はなくなっちゃったんだなぁ」
とても悲しい気持ちになって、扉を閉める。
さみしいなぁ。なくなっちゃったんだなぁ。
しょんぼりしながら踵を返して──
ここで、目は覚めない。
とぼとぼ歩いて、仏間を出ようとする。
その背後で、きぃ、と音がする。
振り向くと、白木の大きな箱の扉が開いている。
中は真っ暗だ。
そこから、
「まともな、じょうたいでは、みつからない」
そんな声が聞こえてくる。
えっ? と思った瞬間に、目が覚めるのだと言う。
「その声ね、言葉はいつも同じ内容なんだけど、ひとりの声じゃないの。
おじさんの声の時もあれば、おばあさんの声の時もある。
子供の声の時もあれば、人間じゃないような声の時もあって。
だからいつも違う声で、でも言ってることは同じなんだよね。
そういう嫌な夢だったから、前は話せなかったんだけど……これ、どういうことなのかな……」
Aさんのご両親はとても気になって、空き家となっているその家に出向いてみたそうだ。
子供たちの夢のことも気になったが、親族としては空き家の様子や仏壇のことも確認しなければならなかった。
家の外観はさほど古びておらず、壊れた部分もない。
家に上がる。
静かすぎる廊下を歩き、奥の仏間に進んだ。
襖を開けるとそこには、黒い仏壇がきちんと鎮座していた。白木の箱はなかった。
取っ手をつかんで、ぐっと開けた。
仏壇は1年かそれ以上放っておかれたせいで、ひどい有様になっていた。
蜘蛛の巣が張り、水を入れる小さな茶碗の中にはカビが生えている。
黒い位牌もうっすらと、埃をまとっている。
「これは……これはこのままだと、ちょっとまずいなぁ……」
親類に連絡をする。家本体はひとまず置いておくにしても、位牌と仏壇は放置しておけない様子だ。
なんやかやあって、Aさんの家が位牌と仏壇を引き取ることになった。
仏壇や位牌を別の家に動かすにも、そう簡単にはいかない。それらには魂が宿っているのでまずお坊さんに霊抜きをしてもらい、移動させてからまた魂を……などの面倒な段取りがある。
とりあえず、お寺に相談することにした。
「あっ、あー、これはねぇ」和尚さんは綺麗に掃除を済ませた仏壇を見て、あっさりと言った。
「うちで引き取ります」
「えっ……よろしいんですか」
「ええ。あのー、位牌はいいですけど、こっちの仏壇はねぇ、こちらで引き取りますから、うん。新しいの、作らないとダメです」
「あの、特に壊れたりはしてませんけども……なんでですか?」
「安くていい仏壇が買えるところね、ご紹介しますから。ね?」
どうして仏壇を変えなければならないのかは、延々とはぐらかされて教えてもらえなかったという。
「俺、思うんですけどね」
Aさんは最後に言うのだった。
「あの仏壇、誰も拝む人もいなくて、手入れする人もいなかったでしょ。結構な間。
それで、これはあくまで自分の勝手な想像なんですけども…………。
放って置かれたせいであの仏壇、ご先祖様じゃない、変なモノが住むようになったんじゃないのかな、って……」
この想像にはある程度の説得力があるようにも思える。
しかし、Aさんとお姉さんがあんな夢を見たこととは平仄が合わないような気もする。
「ご先祖様じゃないモノ」が、どうして「この家にはもう仏壇がない」ことを、夢で教えるのだろうか。
しかも、子供のふたりに。
親戚の家の息子の行方は、今もってわからないそうである。
【完】
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
THE 禍話 第二夜 より、編集・再構成してお送りしました。
☆☆雑誌に載りドラマになり、ついには初の有料配信ライブ(※音声がグチャグチャに乱れ、女の声が入り、鬼の面の男が軽快に動くなどの怪現象が頻発。ライブ感がすごい)まで開催された
向かうところ敵ナシの無料ツイキャス「禍話」について知りたい人は、禍話wiki を要チェックなのだ。なお全体的におはらいは済ませておりません。
https://wikiwiki.jp/magabanasi/%E7%A6%8D%E8%A9%B1%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
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