母なき軍隊
敵国との休戦協定が結ばれたその日、俺たち兵士の家族が武装して基地に攻めてきた。
俺が隠れた小屋の外、中年女が無線で仲間を呼ぶ。あれも誰かの親類だろう。小銃を下げているが全くの普段着だ。
最初は困惑だけがあった。「迎えに来たのか?」と言う奴までいた。向こうが撃ってきたあとは無茶苦茶になった。当然だ。父や姉、弟や叔母……親族が揃って俺たちを殺しに来たのだから。
応戦する者や逃げる者もいたが、ぶっ壊れた奴が多数だった。棒立ちで撃ち殺される者、「これは夢だ」と自分の頭を撃ち抜く者。
壊れたのはジャンもだった。用具入れの小屋の窓の下、奴はさっきまで俺の体にしがみついていた。
「レオ、殺してくれ」
ジャンは言った。
「もう嫌だ。父さんとルイが。怖いんだ。なぁ頼む、頼むよ……」
俺はジャンの髪を撫でた。
銃を抜き、奴の頭に向けた。
別れの言葉は出てこなかった。
その音で、この女が来たのだ。
俺はこの状況でも体が動く。戦争の前から壊れている。貧困、暴力、クスリ。
故郷への愛もない。家にはアル中で半死人の親父だけ。
足に寄りかかる戦友の体はまだ温かい。
数人の足音がする。
腹の底で怒りがうねった。
殺してやる。
拳銃を握り直し、板壁を蹴って飛び出た。
小銃が向けられる。
だが夢中で撃った。
気づけば男や女4人が倒れていた。
男がひとり、うつ伏せで呻いている。
爪先で転がした。
それは、俺の父親だった。
腹から血が出ていた。
「皮肉なもんだ」親父はあえぎながら言う。「まさかお前とはな」
「どうしてだ? 何故俺たちを殺す?」
「お前たちと母さんのためだ」
「母さん? 母さんは十年前に」
「生みの母だよ。そう、大いなる母──」
プツン、と親父は金属のピンを抜いた。
手の中に緑の物体。
手榴弾。
俺は走った。
後ろで地面と肉が吹き飛ぶ音がした。
足元に弾丸が跳ねる。追っ手だ。
逃げながら俺は思い出していた。
俺たちの基地には、母親がいない奴が多いという奇妙な偶然のことを。
【続く】