🔴仮面ライダーオーズ　ビヨンド　～王の帰還～🔴　第3回

【前回】

🔴仮面ライダーオーズ　前回までの3つの出来事

○バース部隊とヒトヤミーが乱戦！　後藤の参戦もあり撃退するも謎が残る
○「破棄する」と宣言していた人造コアメダルを、鴻上がこっそり保管していたことが判明！　警備は万全だと言うが……
○ビルに侵入していたグリードを取り囲んだアンクたち！　グリードの正体は錬金術師かつ予言者を名乗る「ギル」だった！

◆6◆
「ンンンギル！　ギル君ッッ！」
　鴻上は相手の名を繰り返した。
「王の古文書に名を残す錬金術師のひとりだ！　それが君だと言うのかねッ！！」
「錬金術師はいわば兼業。本来の私は予言者ですよ、王の末裔殿」
　ギルは慇懃無礼に言う。
「わかるのかねッ、私のことが！」
「匂いがします」革の指先で自分の鼻を叩く。「強欲なあの王の血の匂い、かすかに」
「鴻上、こいつは確かにギルだ」アンクは隣の老人の前に腕を出しながら言う。
「王宮で何度か見たことがある……。ガラよりは落ちるが、得体の知れない錬金術師だった」
「ガラ。懐かしい名前です……あの人は天才でした。しかしあの王を前にして欲が深すぎた。封印されてしまってね」
「ガラならこの鴻上が封印を解いた。そして──」
「現在のオーズに倒された、でしょう？」
　アンクは眉間に皺を寄せた。
　こいつ。
「何故知ってるんだ、という顔ですね。もちろん見たわけじゃなく。いや、見たのかな？　どう言えばいいんだろう……」
「よろしいッ！　詳しいことは別の場所で聞こうじゃあないかッ！！」
　ギルの背後からバースが2人、棒を持ってゆっくり忍び寄っていた。グリードにも効くほどの高圧電流が流れる──と鴻上が言っていた武器だ。
「残念ですが、僕には目的がありまして」
「目的ッ！　つまり欲望ッ！　君の欲望、ぜひ聞いておこうッッ！」
「平和ですよ」
　ギルは手首をひねった。
　ぱきん。
　セルメダルの割れる音。
「世界平和です」

後方に放った欠片が屑ヤミーに変わりバース2人を襲う。武器を使い損なったバースは左右に追いやられた。
「撃てぇッ！」
　階上からのバース部隊の一斉射撃、これをギルは平然と体に受けながらコートをひるがえし、歩き去る。ホールの床が弾で穴だらけになる。
「おい鴻上、あっち行ってろ」
　アンクはグリード態に変身しつつ、ギルの背中から視線を切らぬまま鴻上に促す。鴻上は逃げるとは思えぬ足音を立てつつ廊下の奥へと去っていった。
　セルメダルの弾の雨に打たれながら、ギルは右の手袋を外した。
　そこにはヒトの手ではなく、ゴツゴツとした異形の手がついていた。
「グリードの……手？」
　アンクは呟く。
　ギルは懐からセルメダルを出して握る。拳から出る紫の煙。
　剥がれた床板に落とすと、メダルは中に呑み込まれた。
　紫色の霧と共に床の破片が膨れる。大人の頭ほどのサイズ。傾いで足が生える。
　横からパックリと開いて口となり、目が開き──小型恐竜の頭部のようになった。
　あいつはヒトだけじゃなく、恐竜グリードも産めるのか──とアンクは合点する。得体の知れない錬金術師！

爬虫類のような鳴き声と共に頭部は高く跳ね、2階にいたバースの肩に噛みつく。「うわっ！」叫び声が上がる。
　タイルのヤミーが外廊下を走っていく音、階から階へ。休む間もなくジャンプしてバースを狙う。
「そっちだ！」
「気をつけろ！」
「くっそぉこいつ！」
　バースを倒すような力はなさそうだが、撹乱にはもってこいの機動力だった。ギルへの射撃が減る。　
　ギルはホール脇の通路へ。あの先には研究所へ下る階段がある。

「待てコラ！」
　グリード態のアンクは翼を広げて飛んだ。
　黒いコートをすり抜けて狭い通路、切り返して速度を出す。　
　翼が壁と床にすれる。火花が散る。
　体当たりして腰のあたりに組みついた。ギルはまるで抵抗しない。
　重い。人間の体重じゃない。
　だが強引に押す。おやおや……と頭の上から声、慌ててすらいない。
　ホール中央に押し戻してそのまま上空に運ぶつもりだった。そこでバースXのブレストキャノン、さっきと同じ流れだ。
　押し続ける。
　ギルの靴が浮く。
　このままだ。吹き抜けの上に。

「彼は生き返りますよ」

そう囁やかれた。
　思わず速度が落ちる。
　ギルはアンクの頭を押して抜け出した。
　アンクも翼を返す。
　ホールの壁際、敵から数メートル離れた床に爪と膝を立ててアンクは止まった。
　ギルは組みつかれていた腹のあたりを軽く手で払う。
「動揺してますね。共に戦った人のことは30年経っても気になる？」
「……何言ってる。誰のことだ」
「言わなくてもわかるでしょう？」
　アンクの胸がざわついた。
「そんな、馬鹿なことが──」

ドン、と頭上で何かが爆ぜた。
　小さな恐竜ヤミーが4階あたりで爆発していた。タイルの粉が降ってくる。撃ち落とされたのだ。
「アンク！　どけ！」
　上からの叫びに反応してアンクは飛び退く。「ちっ！」とギルも後方に跳ねた。
　轟音と共にビームが降ってきて床を大きくえぐった。ギルのコートの端をかすめる。

あんなものに巻き込まれたらアンクもただでは済まない。
　この状況、こんな場所で無茶をやるのは一人だけだった。
「危ねぇだろうが！　後藤！」
　アンクは怒鳴る。
　4階の外廊下に後藤──バースXがいた。胸部にキャノンを展開している。
「アンク！　そいつの退路をふさげ！」
「俺に当てるなよ！」
「うおおおおおっ！！」
　アンクの言葉を聞いたか聞かずかバースXの砲身が光る。「クソッ」アンクは翼を広げて壁を滑った。通路への道をふさぐ。
　ギルの判断が一瞬遅れたように見えた。
《ブレストキャノン》
　電子音声と同時に発された三度目のビームが、ギルの体を直撃した。

黒い影が吹き飛び、正面ゲートを閉ざすシャッターに轟音と共に激突した。
　細かく砕かれた床が煙のように周辺に舞った。

「……やったぞ！」
　バース部隊の一人が拳を上げる。やった！　後藤さん！　そんな称賛が吹き抜けのそこここで上がる。
　後藤はキャノンを格納し手すりを越えて跳び、一気に1階まで降りてきた。アンクは着地した彼のそばに飛ぶ。
「……俺に当たったらどうすんだ」
「当たらないように撃った」
　逃げ去っていた鴻上が割って入るように現れた。称賛の拍手、手を叩いている。
「ンンッ後藤君ッッ！　アンク君ッッ！」親指を立てた。「GOOD JOBッッ！」
「いえ、これからが問題です」と後藤。「あいつにどれだけダメージを与えられたか……」

「おい！　まだ動いてるぞ！」
　バースのひとりが叫んだ。
　土煙の先、びくともしていないシャッターから背を離して、黒いコートがゆっくりと歩いてきた。
　バースXが瞬時にキャノンを出して狙う。アンクも手を掲げ、いつでも火球を放てるように待った。

ギルの青い瞳が翳っている。怒っているのがわかった。
　離れたところに止まって、仁王立ちになる。

「……効きました」

一言目がそれだった。

「皆さんを見くびっていました。謝ります。現在の人類の力、オーズと戦った皆さんの力」
　ギルは後ろに手をやる。
「なので──本気でやらせてもらいます」

そう言って円いものを出した。銀色に鈍く光っている。
「おい……何だあれ？」
　アンクは言った。

腹部に当てると、腰に帯が走って留まった。
「会長！　あのドライバーは？」
　後藤が問い質す。

「古代のメダルホルダーに似ているが……あれははじめて見るッッ！」
　鴻上が興奮を隠さずに言う。

ギルが装着した円く平たいものには、メダルが5枚嵌め込んであった。
　赤、黄、緑、青、灰色──アンクを含めた古代グリード5体、それぞれの色のメダル。

ギルは円の縁に指を這わせる。
「……変身」
　ベルトを回すと、5色の円が飛び出た。
　回転し、重なり、混ざり──巨大な黒い円になった。
　回りながらギルを包む。
　やがてそこに、黒い存在が現れた。

全身が黒い。
　頭部に赤黒い翼がついていた。
　左右の手の甲には黄色と灰色が伸び、左右の足には緑と水色の線が走っている。
　複眼は冷たい銀色。
　胸には動物の意匠はなく、闇を広げたような漆黒だった。
　冷たい風が来て、アンクと鴻上とバースXのそばを抜けた。

「……ケーキは無駄にならなかったようだ」
　鴻上はケーキの乗ったカートを引いて、差し出した。
「ハッピーバースディ！　新たなるッッ！　オーズ……！　そう……『ギルオーズ』とでも呼んでおこうかッッ！」
「結構──結構な名前です」
　黒いスーツの中から、落ち着いたギルの声が聞こえた。

◆7◆
　アンクは目の前の現象に驚きつつも、頭の中では考えをまとめていた。
　──ギルが変身したオーズ、たぶん中国の写真の、ヒトヤミーと対峙しているオーズはこいつだ。
　ベルト。こいつは一流の錬金術師だ。きっとそれくらいは作れるだろう。
　ベルトについたコアメダル5枚──これがわからない。どこから湧いた？　錬金術で作ったのか。　どうやって？

　鴻上は相手の出方を見ている。アンクとバースXの攻撃を邪魔しない位置にじりじりと下がりながら、
「ギル君。ごく最近オーズが、大陸の方で目撃・撮影された。あれは君かね」
「撮影……あぁ。カメラというやつ？　あの通信機についている……」
「そうだ。世界中の人間が持っている」
「試運転のつもりで、すぐに引っ込んだんですがね……」
「古代の錬金術師は知らんだろうが、40年ほど前から、世の中はそういう風になっている」
「長く旅をして現代を見てきましたが、それには気づかなかったな……さて、」
　ギルオーズは何気なく片足を踏み出す。
　ずん、と低い足音がビルを揺らした。
「この会話。時間稼ぎのつもりですか。セルメダルの戦士たちが上から来るまでの」
「その通りッッ！」
　小気味良い歩行音を立てて階段や廊下から、30名ほどのバース部隊がホールに集まってきた。扇形に広がり隊列を組み、バースバスターを構える。
「ちなみに彼らの名前は、『仮面ライダーバース』、君を吹き飛ばしたこちらの彼は『バースX』だ。覚えておきたまえ」
「バース。覚えておきます。私に立ち向かって散った、勇敢な戦士たちとして──」
「撃てえッッ！」
　バース部隊全員の無数の集中放火、ビシビシと当たっているがギルオーズは微動だにしない。
《クレーンアーム》
　電子音声、「ハアッ！」バースのひとりが腕をクレーンに変え先端をギルオーズに飛ばす。
　ギルオーズは片手で簡単に受け止めた。
　ぐいと引いて横に払う。
「うわっ！」
　紙クズでも投げるようにバースは地面からちぎられ、壁にぶつかった。
「どけっ！」「俺たちがやる！」
　バースふたりがメダルをベルトに入れる。
《ドリルアーム》
　腕がドリルと化したふたり、咆哮しつつギルオーズの胸部に回転するドリルを突き刺す。
　が、相手は「押された」程度にかすかに動いたのみ。
「ドリル……この程度ですか」
　両の手で左右のドリルを握る。力を込めただけで回転体は粉々に破壊された。
「なにっ！？」「バカな！」
　驚愕したふたりの首をギルオーズは掴み持ち上げる。
「ぐっ……お前ら撃て！」「俺たちのことは構うなッ！」
「──僕は、人を盾にするなんてことはしません」
　腕、灰色のラインが光る。腕がぶん、と振られてバース隊の右翼に一方を投げつける。
　脚の緑色が一閃。蹴りが他方のひとりを左に飛ばした。
　爆風がアンクの脇を走り抜ける。
　大砲にも似た勢い、着弾音がホールに轟いた。
　一瞬の出来事だった。

──あのオーズ、コアメダルの力を最大に引き出せるらしい。
　アンクはちら、と後方に目をやる。
　30人で組んでいたバース部隊が後ろに散り散り、バラバラになっていた。変身が解けている者、腹を押さえてうめいている者、動きたくても動けない者。
　腕と足の二撃で、左右に展開していたバース部隊の全員が蹴散らされたのだ。
　──強い。

アンクは翼を広げる。手の平の中には火球を作っている。どう攻めるべきだ？
「小細工も、策も通用しませんよ」
　見透かしたようにギルオーズは言う。
　ずん、ずん、と凄まじい音を立ててギルオーズは歩を寄せてくる。セルメダルを大量に取り込んだ時の映司の気迫を思い起こす。
　その圧にアンクもバースXも思わず一本、足が下がる。
　隣を見ると、バースXは静かにセルメダルを入れていた。トリガーを握る。「いつでも撃てる」という動きだった。

再び相手に視線をやると、ギルオーズはがちり、と円いドライバーを回したところだった。
　メダルで作られた五角形の頂点に、青いメダルが来ている。
　攻撃される前に、こっちから──！
　アンクの手の中の火球が唸った。
　ギルオーズの腕の青が輝いた。ゆらりと上がる腕、指先から水が垂れる。

一瞬の間のあと、攻撃は同時だった。

ブレストキャノンと火球が空気を切り裂いてギルオーズに迫る。
　ギルオーズの腕から水が、刃のように弧を描いて放たれた。

ドンッ！

二者の中央で爆発、しかしその炎の間から水の刃の第二波、すり抜けるように飛来した。
　二人ともに反撃しようとした。だが刃の方が速い！

ドォンッという爆発音、吹き飛ぶアンク、バースX。
「くっ……はっ……！」
　床に仰向けになったアンクはほとんど動けなくなった。床にメダルが散っている。
　グリードにも痛覚はある。壮絶な痛みが全身に。体を細かく切られたような鋭い痛み。
　首だけを巡らすとバースXも同様に仰向けに倒れている。しかし動かない。胸はかろうじて上下している。
「なんて強さだ、あいつッ……！」

あいつ、と呟いて敵の存在を思い出した。衝撃で数秒忘れていた。首を上げて前方を見る。あいつが……来る！

しかしアンクの目が捉えたのは、迫り来るギルオーズではなかった。
　敵は膝をついていた。肩で息をしている。こっちの攻撃は当たっていないはずだ。
「……なるほど……なるほど……」
　体を傾けながらギルオーズは立った。
「やはり僕は……このベルトの『器』ではない、と……」
　胸を押さえてよろついてから、おずおずと手を上げた。
「皆さん、今日はご挨拶ということで……。あとは時間の許す限り、些少のメダルをいただくだけで、退散しようと思います……」
　自分の体の重さをもて余すような足取りでホールを、倒れたアンク、バースX、バース部隊のそばを横切る。
　ギルオーズはホールの隅にすっくと立っている、老人の前まで来た。
「ふぅ……鴻上さん……お力をお借りしたいんですが？」
　鴻上は臆さない。
「ンン……何かね？」
「地下へのゲート……貴方の認証で通りたいんです……。断るとどうなるか、ということは、申し上げたくないのですが……」
「……よろしいッ」
「鴻上！」アンクは叫んだ。
「アンク君ッ、これは非常事態だ……」頭の先で鴻上が言う。「うんと言わなければ何をされるかわからない。私も、君たちもだ」
「……クソッ！」
　身動きできない。
　セルメダルが足りない。
　痛みと体の重さにアンクが苦しんでいる脇を、ギルオーズと鴻上がゆっくりと歩いていく──

　鴻上が、アンクにウインクした。

──何だ？　どういう意味だ？

　床の上でアンクはそう考えながら、遠ざかる二人の背中を目で追い続けた。

◆8◆

　黒いオーズに変身したギルに押されるように、鴻上は人のいない廊下を歩いていく。社内はしんとしていた。
　鴻上は両手を上げ、歩みを止めないまま言った。
「ギル君。いくつか質問をしてもいいかな？」
　いつもの大声ではなかったが、押し出しの強い調子だった。
「えぇ、結構ですよ」
「ここのメダルを集めて、どうするつもりかね。さっき目的は世界の平和と言っていたが。グリードやヤミーを従えて人類を支配しようと？」
「いいえ、とんでもない。僕が人を支配など、おこがましい……僕は単なる予言者で、そんな器ではありません。この姿も」
　自分の漆黒の胸に手を当てる。
「あくまで一時的な、かりそめのもの。時が来たならこのベルトは真の王にお渡しします」
「真の王。それは古代……初代のオーズのことかね」
「はは、まさか……『あれ』が世界を統べる王だとお思いですか？　あの暴虐の王が」
「しかし一度は人類を、世界を手に入れかけた」
「そうして、現在のオーズに倒された」
　ギルの言葉に鴻上の歩みが鈍った。軽く振り返る。
「ガラの件といい……君は古代オーズの時代から今まで、ずっと眠っていたのではないのかね。840年……」
「眠っておりましたとも」ギルは肩をすくめる。
「しかしおおまかには知っております。アンクくんが石棺を開けたこと、火野映司、アンクとオーズ、恐竜メダルの解放、消えていくグリードたち、世界の終焉を止めるオーズ、アンク……」
　先を行く鴻上の足が止まった。振り向いた顔の目には驚愕の色が宿っていた。
「何故そんなことを、といったお顔ですね」
　ギルも足を止めて小首を傾げた。
「インチキではないか、もっと前に復活していたのではないか、どこかから情報を──などと思っておいでだ。見慣れた表情です。ふふ」
　ギルは暗く沈むオーズのマスクの下で笑った。
「先ほども申し上げましたが、僕は予言者です。錬金術は後の習い。天から教わって、大きな流れはだいたいわかっているんです」
「それは、これからの出来事もかね。よければ、教えてもらえるかな？」
「手元に予言を記した本が残っていたらいいのですが、ええとあいにく、これきりしか」
　ギルは背後から小さく薄い本を出した。数ページしかなさそうだ。
「残っておりませんで……経年劣化というやつですか。もしよろしければ差し上げますよ。全て記憶していますし」
　耳の脇から差し出された本を、鴻上は後ろ手に受けとる。
　開いたが、古代語が並ぶばかりだった。詩編のように番号がついている。
「これは古代オーズの支配していた地域の文字だ」鴻上はぼろぼろのページを慎重にめくる。「興味深い。後で解読班に渡そう──それで、先んじて何か教えてもらえるかね？」
「そう、重要なことをひとつ。真の王、真のオーズとは火野映司。『未来からの言葉』の通りなら彼は、復活することになっています。」
「オーズに変身した彼が、世界を平和に導く、と──？」
「はい。その通りです」
「……信じられんな」鴻上に不信が浮かぶ。「火野君が生き返るというのか。石棺と化した古代オーズとは違って、彼は完全に死んだのだよ、ギル君」
「──そこがなかなか難しいところで、予言とは言葉やイメージの断片が過るだけなのです。まるで詩の如く……つまり……ふぅ、なるほど」
　ギルはため息をついた。
「800年経っても予言について上手く語れない。これじゃあ疑われても仕方ないか。さて──」
　ギルは黒い指を立てて、先を示した。廊下のいちばん奥、曲がり角がある。
「そこを曲がると階段があって、その下が研究所ですね？　では、行きましょう」
「……もう一つ聞いておきたい」促された鴻上は再び歩きはじめながら言った。
「私はここで死ぬ運命かね？　君の予言では」
「予言は大きな流れのみ。貴方の生死は知らされておりません」
　ギルの言葉遣いは丁寧だった。
「逆に言えば貴方の生死は僕に握られていることになります。お忘れなきよう──」

　階段を下り、鴻上が冷たい壁に手の平を当てて瞳を寄せると、キーパネルが中空に出現した。彼はいくつかのキーを押す。空気音と共に壁の一部がスライドした。
　地下研究所は二重扉になっていた。2畳ほどの小部屋に入り、そこからまた同じ手順で研究所内部に入る。
　研究所へ出るドアにはごく小さな窓がついている。ビルのシャッター以上に厚そうで、頑丈に見える。
　息の詰まりそうな小部屋から2枚目のドアを開いて、2人は中に足を踏み入れた。
　途端、がちん、がちん、と音を立てて照明が点く。
　はるか高い天井、巨大なライトが、室内にそびえ立つものを照らし出した。
「これはこれは……」
　ギルは鴻上の前に進み、その塔を見上げる。そう、「塔」と呼ぶにふさわしいものがそこにはあった。
　冷たい金属質の板が組み合わせっている。広い空間、ゆるりと弧を描いて並んでいる。それぞれすべてに覗き窓がついていて、セルメダルが詰まっているのが見えた。
　セルメダルの詰まった引き出しがぐるりと円を描いて並んでいるのだ。それが一段、二段、三段……十数段、上に伸びている。
　古きよき科学映画に出てくるコンピューターを思わせる佇まいであったが、機械らしきものはついていない。
　ただ単に、大量のメダルを貯めておく容器、入れ物──それがこの塔だった。
「これはまた、ずいぶん貯め込みましたね」
　ギルはまっすぐ塔の先を見上げてから、鴻上に目を移した。
「新世代エネルギーとしてのセルメダル。ここがその本拠地というわけですか」
「それも、予言に書いてあるのかね？」
「いいえ、これは大陸を歩いてきて見知ったことです。車、工事車両、照明──数枚のメダルがそれらに投入されるのを幾度も見ました」
　ギルは首を横に振る。
「驚きましたよ。あのメダルが動力源になって、世界中に広まるとはね……。さっきの仮面ライダーの動力の応用なのでしょうが……」
　ギルは上を指さして、「さて、上ですか？」と短く尋ねた。
　コアメダルのことを尋ねているに違いなかった。鴻上は首を縦に振る。
「そうですか。ではお手数ですが、このメダルの重なったバベルの塔に──」
　ギルの気がまた塔の方へと向けられた一瞬だった。
　鴻上は素早く背後のドアを開けて先の狭い小部屋へと引き返し、あっという間にドアを閉じてしまった。
　ギルはオーズのスーツの腕を上げて、こんこん、と窓を叩く。
「鴻上さん」ギルは言った。「僕を閉じ込めたおつもりですか」
　厚いガラス窓の反対側、老人が顔を覗かせて、額に血管を浮かせながら叫ぶ。
「ンンンいやっ！　閉じ込めただけではないッッ！」
「ほう。それはどういう──」
　ゴスッ！
　言いかけたギルオーズの頭の側面から、ひとりの人間が跳躍してきた。曲げられた両膝が耳のあたりに激突した。
「ぐっ……ちいっ！」
　ギルオーズは回廊を転がって身を立て直し膝をつく。
　その立てた膝を踏み台にして、細い身体が躍り上がった。今度は片膝がギルオーズのこめかみに、食い込まない！　ガードされ足首が掴まれている。
「この……！」
　ギルオーズは敵をちぎるように投げた。低く飛んだスーツの相手は両手で床をこすり、キュッと滑る音を残して勢いを殺して止まった。
　細身のスーツが、獣のような四つ足から立ち上がる。床に手の平を向けて、バランスをとるような姿勢だった。

　仮面ライダーバースを思わせるシルエットだった。しかし胸や手足の装甲が薄い。兵器の擬人化を思わせるバースから身を削ぎ、軽量の火器となったような姿をしていた。
　バースに比べて目が大きい。蜂の瞳を思い起こさせる。

「新開発したニュー・バース……ンンン名付けてッ！　仮面ライダーバース type-S！」
　鴻上のくぐもった絶叫が、塔のある部屋にかすかに聞こえてくる。
「機動性に特化したスーツッッ！　SはSpeedでありッ、Sharpでありッ、そして偶然にもッ、」
「会長、解説より先にこちらを処理させていただきます」
　スーツの中から、女の声がした
「……ンンンもちろんだともッ！　存分にやってくれたまえ、里中君ッッ！！」　
　
　里中──バースSは首を回し、足首を回し、体をほぐすような動きをした。
「さて、じゃあ……定時内に終わらせちゃいましょうか」

【つづく】