【怖い話】 ガリバーすべり台 【「禍話」リライト114】
退屈だからと言って窓から外を見ると、妙なモノを見てしまうかもしれない。
Aさんが小学校時代の話である。
理科の授業がものすごく退屈だったそうだ。
先生は理科という教科にあまり興味がないらしく、教科書をボソボソと読み上げる。
そのくせ騒いだりすれば、他の授業と同じように「ハイそこ、静かにね」と注意される。
とにかく面白くない。
その日は特にダメだった。
実験をやるでもなく、ノートに書くような重要事項もなく、教科書や参考書に興味を引かれる部分もない。
先生の元気のない声が聞こえるばかりで、とても気だるい空気が教室を覆っていた。
Aさんはつまらないので、先生の話をろくに聞かず、窓から外を眺めていたという。
教室は2階で、Aさんの席は窓側だった。
校庭の遊具のある辺りがよく見渡せた。
その時間は体育をやっているクラスもなく、校庭はがらんとしていた。
先生や用務員さんの姿もなく、天気も中途半端な晴れで、風もなかった。
だから、外の景色もまるで面白くない。
(あ~、つまんないなぁ~)
頬杖をついて横を向き、どこかに見所のあるモノや人がいないものかと視線を巡らせていた。
と。
(あれっ?)
しばらく目を離していた遊具の並びに、ちいさな人影がひとつ出現していた。
数分前までは誰もいなかったはずだ。
人影は女の子だった。
私服で、一年生よりも幼く見える。4歳か5歳といったところだろうか。
距離があるので、顔の造作は見えない。
女の子は、ジャングルジムを登っていた。
小さな手足をヨイショ、ヨイショと動かして、懸命に登っている。
この学校の生徒ではありえない。
今の時間はみんな授業を受けている。
近所には保育園がある。そこの子──
いや、違うなぁ。
園児なら園の中で遊ばせるだろう。わざわざここへ来る理由がない。
じゃあ近所の子? お母さんに連れられて──
いや、違う。
大人の姿がない。
左右を見渡してもバッグや荷物はないので、席を外しているのでもなさそうだ。
じゃああの子、ひとりで遊んでるのかな。
危ないなぁ、あんなちっちゃい子がひとりでジャングルジムになんか。
そんなことを思いつつ、Aさんは女の子から目を離さずにいた。
女の子は上の方まで到達していた。
結構な高さがある。
学校のジャングルジムには、すべり台がくっついている。
てっぺんについたアーチを潜って、ゆるいスロープのすべり台を降りるのである。
女の子は横木を器用に渡って、アーチへと近づいていく。すべり台を使うつもりらしい。
アーチに手をかけて、奥から手前、こちら側に出てきた。
ぬうっ、と、女の子の身体が大きくなった。
(は?)
錯覚などではない。
さっきまで幼稚園児の大きさだった少女が、何倍ものサイズに膨れている。肩幅がアーチの枠につっかえそうなくらいに大きい。
大人になったわけではなく、身体のバランスは園児のままだった。
拡大コピーしたように、いきなり巨大になったのだ。
(えっ──え?)
混乱するAさんを尻目に、女の子は大人のスケールの身体のまま腰を下ろす。
すべり台の降り口に、腰がすっぽりと填まる。
そのまま、ツーッと滑った。
地面に足がついた時、女の子の大きさは元に戻っていた。
(ちょっ──えぇ?)
Aさんは無言で見ているしかない。
女の子はトトト、と小走りでジャングルジムの脇へと向かう。
そこからまた、ヨイショ、ヨイショ、と登りはじめる。
さっきとまったく同じコース、同じ手足の動きに思えた。
てっぺんまで着く。
手をかけながら、アーチを潜る。
ぬうっ、とまた、身体が大きくなった。
(いや。いやいや──)
Aさんはぞわぞわしてきた。
女の子はツーッ、と滑り降りる。
すると、元の大きさに戻っている。
またジャングルジムの脇へと駆けていく。
登りきってアーチを潜ると、身体が大きくなる。
ツーッと降りると、元の大きさになる。
そこからまた、脇へと走っていき──
Aさんは子供心に、幻を見ているのではないかと思った。
現実のこととは思えない。
あるいは、ものすごく、よくないものを目撃しているような──
Aさんは、エンピツで前の席の子をつついた。
「テッ。いてっ。ちょっ、何すんの」
振り向いた子に小さな声で、アレ見て、と言う。
「ん? あれ。どうしたんだろあの子」
「え──み、見えるの?」
「校庭の女の子でしょ」
前の子にも見えているようだった。
折しも女の子がアーチを潜る瞬間だった。
ぬうっ、と大きくなる。
回数を重ねるごとに、徐々に大きくなっているような気もしてくる。
「あっほら、今」
「うん、すべり台から、あっ降りたね」
「えっ? あの、大きさが」
「あれ。また登るんだ?」
どうやら前の席の子は、女の子の姿は見えているのに、巨大化して元に戻る流れは認識していないらしかった。
「ねぇあのさ。あの──見えない?」
「見えないって何が」
「いや──」
サイズが変化すると言っても、信じてもらえそうにない。
「どこから入ったのかなぁ。危ないよね」
「それは、そうだけど」
「小さい子じゃん。落ちたらヤバいよ。先生!」
前の子はいきなり手を上げた。
「先生! いいですか!」
突然の展開にAさんは面食らった。
止める間もない。
「ハイ、どうしましたか」
先生が応じた。
「なんか校庭に、女の子がいるんですけど」
「女の子?」
先生は教科書を置いて窓際に近づく。
教室もざわついた。座ったまま伸びをしたり、立ち上がって校庭を見下ろす子もいる。
Aさんは背筋がぞわぞわしてきた。
「本当だ。小さい子だね」
どこの子かなぁ、困るなぁ、と呟きながら先生は、教卓に戻る。
教室のあちこちからホントだぁ、何あの子ぉ、と声が上がる。
今もまたアーチを潜って大きくなったのに、それに驚く人は誰もいない。
じゃああれって。あの大きくなるのって。
自分にしか見えてないの?
先生は騒がしくなる教室を静めて、
「ちょっとね、注意してくるから。みなさん自習してて下さいね」
と言い残して、教室を出ていった。
声をかけに行くの?
よくわかんないけど、それって──
すごく怖いことのように思えた。
先生が教室を出ると、クラスメイトのほぼ全員が窓際に駆け寄ってきた。
数十人の級友が集まって、Aさんの周りが窮屈になる。
あちこちから声が上がる。
えーっ、なんだろあの子。
見たことある?
知らなーい。
今だと幼稚園とか行ってる時間じゃないの?
そういうのに行ってない子かもよ。
またジャングルジム登ってる。
そんなにジムとすべり台、好きなのかな。
あっ、降りた。
なんか、あんまり面白くなさそうだよね。
また登ってるぅ。
ねぇ、なんかさっきと同じ動きしてない?
どういうこと?
ほら、手とか足の上げ方とかさ。同じだよ。
ウソだぁ。
そんなわけないじゃん。
変なこと言わないでよぉ。
また登るぞ。
ほら見て、同じ場所から。右足、左足。
ホントだー!
うわー、おんなじ動きしてるー!
「同じ登り方を繰り返している」ことを気味悪がっても。
「アーチを潜る瞬間に身体が大きくなる」ことを指摘する子は、誰もいない。
Aさんの胸の鼓動がどんどんと鳴る。
あれは、自分にしか見えていない。
「あっ、先生来たよ」
窓の真下、校舎の方から先生がふたり出てきた。
Aさんの担任の先生と、ジャージ姿の体育の先生だった。
あぁ大変だ。とAさんは思った。
あれに声をかけたら、大変なことになる。
そんな気がした。
ちょうどジムのてっぺんに到着したタイミングで、女の子はフッ、と顔を上げた。
先生ふたりが近づいてくるのに気づいたようだった。
その途端。
女の子は数メートルはあるジャングルジムのてっぺんから飛び降りた。
着地したと同時にすごい速さで走っていく。
先生たちも「待ちなさい」と言うように手を上げながら走り出したが、女の子は信じられない速度で逃げていく。
そのままの勢いで、校庭の端にある小さな竹藪の中に突っ込んだ。
そこは竹がぎっしりと生えていて、勢いよく飛び込める場所ではない。
吸い込まれるように消えた女の子を追って、先生ふたりが竹を押しのけながら藪に入るのが見えた。
1分もしないうちに先生たちは、首をかしげながら竹藪から出てきた。
「どこに行ってしまったんだろう」というように腕を組んで、顔を見合わせていた。
その後、時間のある先生や用務員さんも総出で、女の子の捜索がなされたようだった。
警察も来たという。
竹藪はそこから直接に敷地外には出れない場所にあるため、女の子が校外に逃げられるはずはなかった。
だが女の子は結局、見つからなかったのだという。
「あの、女の子がぬうっ、と大きくなるのを見ていたのが、学校中で自分だけだったと思うと──すごく怖くってねぇ」
それから中学高校大学、社会人となった現在まで、Aさんはいくら退屈でも、窓の外にぼんやり目をやったりはしないようにしている。
「だって、すごく嫌じゃないですか。また『ああいうモノ』が見えたりしたら──そうでしょ?」
もし、ああいうモノと目が合ったりしたら。
もう取り返しがつかないと思うんですよね。
【完】
【弐】 2024.11.20 【弐】
コミカライズ 2巻目 出ます
【?】2024.12.16【?】
禍話の聞き手・加藤よしきさんが書いた
いい雰囲気になってる男女に軽トラが突っ込む話
書籍化されます
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
まがらじ 第一夜 より、編集・再構成してお送りしました。
★禍話についての情報は、リスナーのあるまさんによって生まれ、現在は聞き手の加藤よしきさんに引き継がれた「禍話wiki」をご覧ください。
累計400回超、3500話オーバーの全放送アーカイブ収録。タイトル検索可。
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