【怖い話】 招きプレハブ 【「禍話」リライト84】
「変な山に行った友達が、カノジョと別れることになった、って話なんですけど」
とCさんは言う。
それは大変だ。オバケが出て、彼氏の方が先に逃げちゃったとか?
「いえ、そうじゃなく」
じゃあ、オバケに祟られちゃったとか。
「ちょっと違うかなぁ。あの~、カノジョが、出たんですよ」
…………よくわからないので、イチから話を聞いてみることにした。
某所の山奥、車で入ってから少し分け入ったところに、その場所はあったのだという。
ただし、いわゆる「心霊スポット」ではなかったそうである。
ここで一家心中があった……らしい、とか。
ホームレスが怪死していた……って友達がネットで見たよ、とか。
老婆が追いかけてくる……とかはないけど不気味だよね、とか。
確かな情報が何一つない。都市伝説以下の噂ばかりであった。
ネットで調べても「不気味なスポット」としか出てこない。ただの変な場所なのである。
しかし──
ネットの通り、「不気味なスポット」であることには間違いなかった。
山に少し分け入った場所、木がところどころ切り倒されて、ぽこっと開けた空間がある。
そこに、
「プレハブが建ってるんですよ。ホラ、ちっこい物置小屋みたいな。二畳とか四畳とかの」
1つや2つなら、林業にでも使うのだろうと思う。
ところがプレハブは十数戸、建っている。
覗いてみても中はたいがいカラで、ドアに鍵がかかっていないものまである。もちろん使った形跡もないし、誰も住んでいない。
誰が何故こんなものを、こんなにたくさん建てたのかわからない。
「森の中に無人の集落がある、みたいな感じですよね。しかも小さな、プレハブの──気持ち悪いし、気になるじゃないッスか」
そんなわけで休みの前の日の夜、ワルの仲間4人で行ってみようということになった。
残念なことに、彼らは山を舐めていた。
「夏だったんでガーッと行ってザーッと見て帰ってくりゃいいだろ、ってんで、半袖半ズボンにサンダルで。懐中電灯もショボいやつ一個で」
下見もなしに夜に出向き、車が入れる場所まで乗りつけて、あとは歩きだった。
夜の山の暗さを、Cさんたちは想像もしていなかった。
獣道なので左右は草でみっしりだ。葉先や枝が腕や足に当たったり刺さったりする。
「いてっ! また刺さったし……」
「山、キッツいなこれ」
「これは厳しくね……?」
懐中電灯やスマホの光に虫も寄ってくる。
「うわっ蚊に刺された!」
「でも消すわけにもいかないしな」
「帰りてぇ……」
愚痴りながらもここまで来たからには、と奮起して、どうにか目的地まで辿りついた。
木と木の間に、ぽつんぽつんとプレハブ小屋が点在していた。
暗い夜だ。どこにも電気など点いていないし、月明かりも射さない。
人の気配もない。
ミニチュアの風景のような、偽物の村のような場所だった。
住む者のない小さな家が、森の中にいくつもうずくまっている──。不気味で、居心地が悪い。幽霊が出てもおかしくはない。
だが。
Cさんたちはここまでの道のりで疲労困憊していた。正直、心霊だの謎スポットだのプレハブだのとはしゃぐ余裕がない。
「やっと着いた」「小屋があるな」「変な所だ」と思うだけで、全然テンションが上がらないのである。
それでも「まぁ来たからには……ね?」といった具合に一人が、いちばん手前のプレハブ小屋のドアノブに手をかけた。
よし、開けるんだな、とCさん含めた連中は後ろにつく。
ノブを回して、引いた。
ドアは簡単に開いた。
好奇心と共に、懐中電灯とスマホで中を照らしてみる。
狭いプレハブの中には、何もなかった。
からっぽである。
「………………」
「………………」
4人とも肩を落とした。
苦労してきたのに、ビックリするくらいなんにもないのだ。
「……ないなぁ」
ひとりが言った。
「もうちょっと、なんかあってもいいのにな」
「落書きとかな。キモいオブジェとかな」
手足を掻いたり、足首を回したりしながら全員が言う。
「……じゃあ、帰る?」ぽつりと洩らすのを、
「いやぁ、もう一戸くらい覗いてから」
「さすがに即帰るのは悲すぎるだろ」
「着いて3分も経ってないし……」
わびしい気持ちを奮い立たせた、そんな時だった。
Cさんたちがいる地点から、二、三戸離れたプレハブ。
がちゃり、と音がした。
闇の中から、女の声がした。
「ここ! ここ!」
はっ、と懐中電灯を向ける。
若い女がドアの隙間から半身を出していた。
にこにこしながら、手招きをしている。
「ここ! ここ! こっちだよ!」
女はそう言い残して、微笑んだままプレハブへと引っ込んだ。
ドアが閉じられた。
全員、気の抜けたように立ちすくんでいた。
「…………あのさ」
しばらくしてからCさんは、仲間のひとりBに尋ねた。
「いまの、お前のアレだよな? あの、彼女……」
言うと他の2人も並んで頷く。
「そうだよお前、あれAちゃんだろ?」
「絶対そうだよ……」
問われたBはまだ呆然としていたが、
「あー、確かに……。いや、Aだったと思うんだけどさ……」
目を泳がせながらそう返事をした。
そうなのだ。
プレハブから顔を出して4人を招いたのは、見知った女性だった。
このBという奴の恋人、Aちゃん。
Bのスマホの待ち受けや保存されている動画像などで、さんざっぱら見ていた女の子だった。
ところがこのAという子は、近場には住んでいない。地元から離れた場所に就職していて、Bとはいわゆる遠距離恋愛をしている。
それも隣の市などという距離ではない。数県も離れている。
仕込みやドッキリにしても、この距離を呼んで、女の子ひとりを夜中の山奥に潜ませておくわけがない。移動手段もない。
何よりBの表情が、イタズラでないことを物語っていた。口を開けて、プレハブと仲間を交互に見て、現状が理解できていない顔をしていた。
念のため、Cさんは言った。
「あのさ、ドッキリじゃないよな?」
「いやそんなわけねぇだろ……こんな夜中にお前……遠くから……呼んで……山に……」
Bは切れ切れに答えた。
演技には見えなかった。
……もしかしたら、別の女だったかもしれない。
……そうそう、ライトで照らしたのも一瞬だったし。
……そうだよお前ら。アイツがこんな山にいるわけねーじゃんか……
呟くようにみんなが言い、「じゃあ、確かめよう」ということになった。
さっき扉が閉まってから、プレハブ小屋からは物音ひとつしない。
4人は中にいるであろう女に怯えながら、音を立てないように小屋へと近づいた。
Bがドアノブを握る。
静かに回して、開けた。
4人揃って、ライトを向けた。
プレハブの中には誰もおらず、ほとんど何もなかった。
天井、床、壁、窓、奥に小さな棚がひとつきりあったが、人が身を隠すような大きさではない。
しかし隠れるとしたらあの棚の脇か後ろくらいだ。
確かめようと前にいたCさんとBが足を踏み入れかけた。
「あ、待って」ひとりが止めた。「なんか、紙がある……」
そいつの視線は床に向いていた。みんなでそこを照らす。
ちょうど玄関マットのような位置に、一枚の紙があった。
電柱やビルの壁に雑に貼りつけてあるチラシのような、ざらついた安っぽい紙が裏返しになって置いてある。
紙のみすぼらしさに反して、異様に綺麗な文字が並んでいた。
その下に署名のように平仮名が四文字、添えられていた
4人とも一斉に身を引いてドアを閉めた。他の3人の顔色が青い。Cさんも体が冷えていくようだった。
「いやいやいや……なに? 意味わかんないんだけど?」
「ここって雰囲気だけのスポットじゃないの? 助からないって何?」
「知らねーよもう。帰ろうよマジで」
「って言うか女は? あの女ってどこ行ったんだよ」
ひそひそ話し合いつつプレハブから離れる。
「そうだよあの女さぁ、Aにソックリだったとしたらさぁ、今、Aがやばくない? ヤバいんじゃねぇの? なぁ? だよな?」
Bが気づいたように言う。自分のスマホを取り出す。
「ちょっ……今、ちょっと電話、かけていい? 確認……な? ちょっと、さ?」
3人もうろたえながら「そうだな」と言った。友達の恋人に何事か起きていたら大変である。
プレハブ小屋からそれなりに距離をとったあたりでBは電話をかけた。電波が心配だったが、アンテナは立っていた。スピーカーに切り替える。
夜の森に、呼び出し音が鳴り響いた。
呼び出し音と、4人の荒い息、あとは無音だった。
コール数回で、相手が出た。
「………………もしもしぃ?」
Bの彼女、Aさんの声だった。
「あっ、もしもし。俺だけど」
Bがスマホに呼びかける。
「なにぃ? どーしたの。なんかあったの?」
「いや~、あのさぁ、いまお前、ウチにいんの?」「当たり前じゃん。わたし寝てたんだけど。だって時間──」
ごそごそと身動ぎしている。
「うわ2時じゃん。チョー寝てたよ。私明日も仕事だし。……で? なに?」
声に棘がある。深夜に起こされたのなら当然と言えた。皆が知っているAちゃんの顔が不機嫌に歪むのが想像できた。
こっちのBは、言葉に詰まった。どこをどう説明すればよいのかわからないのだろう。
「あのさぁ俺、友達といるんだけどさぁ」
「あぁそう。で?」
「でー、みんなして明日休みだから、あの、心霊スポット? みたいな場所に来たんだけど、」
「ハァ?」
電話の向こうの声が怒気を帯びる。話を接ごうとしたBの言葉をさえぎって、
「ちょっとマジで、どういうこと? あんたは休みだからいいけど、私明日も仕事で、って言うか今日も仕事だったし」
「ゴメン、でもさ」
「でもじゃないでしょ。心霊スポット? 遊び先からこんな、夜中の2時にさぁ、何考えてんの?」
「いや、ちょっとこっちで」
「チッ……マジありえないんだけど……。ああっ、もう!」
バンッ!
イラついた彼女がベッドか壁を叩く音がした。
それと全く同時だった。
バンッ!
さっきのプレハブが内側から叩かれた。
そっくり同じ音だった。
「……その後はね、みんなパニックになって一気に逃げましたよ。草で手足に切り傷とか増やして。山道でしたけど車、すごいスピード出して」
よく転んだり、事故ったりしなかったもんですよ、とCさんは言うのだった。
──お友達のBさんと彼女のAさんは、この夜のことがきっかけで別れたんですか?
「まぁ、そういうことになるんじゃないですかねぇ。この日からもう、ギクシャクするようになって、ってBが言ってました。
って言うか、彼女さんがすごく怒りっぽくなった、って話だったなぁ……。あの晩の説明もできず終いだったそうですよ。
そうそう……。Bの奴が言ってました。怒りっぽいのとは別に、彼女のことが怖くなっちゃったんだ、って。
電話やメールでやりとりしてて、で、ケンカになるじゃないですか。そうなるとね、彼女が不意に、
『人の生活に土足で入って来ようとして』
とか、
『勝手にこっちに入って、上がりこんできて』
とか言うようになったらしいんですよ。入ってくるとか、上がって来ようとする、とか……って」
──これって、あのプレハブや置き手紙のことと関係あるんですかね? 考えすぎなんでしょうか?
Cさんは質問というより、独り言のようにそう言うのだった。
ちなみにその山のプレハブ小屋の群れに、やはり因果・因縁の話はひとつとしてないそうである。
【完】
👻👻おしらせ👻👻
怪談のプロが語る「禍話」の舞台……「禍演」が、無事終わりました! しかし! 生中継のアーカイブはまだ観れます!
名古屋公演は5月29日(日)まで[終了間近!!]。大阪公演は6月5日(日)まで視聴できます。プロが選んで、ブラッシュアップして、尖らせたいわば「禍話ベスト&リブート」。この語りを見逃すと祟る! まぁ観ても祟りますが……
★その「禍演」のセット・リストまで完備されてある八面六臂のハイパー・サイト、禍話wikiはここ↓です。ブックマークしておくと しゃあっ
☆本記事は無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
シン・禍話 第五十四夜 より、編集・再構成してお送りしました。
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