見出し画像

【怖い話】 信号の女 【「禍話」リライト 58】

 もしかしたらあれって、自分が思っているよりもずっと怖い出来事だったんじゃないだろうか、と気づくことがある。
 自分でふと気づくこともあれば、他人に言われてはた、と思い至ることもある。


「夜に、コンビニに買い物に行ったんですよ」
 Tくんはそう語ってくれた。
「住んでる街で、“ああいうの”が出るなんて、聞いたこともなかったんですけど──」


 買い物を済ませて店外に出た。 
 しばらく歩くと横断歩道がある。二車線×2の広い道路を渡るのだ。
 夜も深くなった時間で、ぽつぽつと点いている街灯と信号の赤や青が光っているだけである。
 車通りもない。人の気配もない。暗い深夜の街は静まり返っていた。
 信号は押しボタン式だった。黄色い小箱についたボタンをかちり、と押し、Tくんは青になるのを待った。


 ふと、顔を上げて気づいた。
 あっちの歩道にもひとり、信号待ちをしている人がいた。
 女だった。


「髪が長くて、背丈は普通で──他はシルエットくらい。遠いし、街があまり明るくないので、服の柄や顔までは見えなかったですね」 


 その女は、押しボタンを押していた。


「一回じゃないんです。何回も何回も。ほら、子供がふざけて遊ぶみたいに」


 がち、がちがちがちがちがちがちがちがちがちがち


 距離があるので聞こえなかったものの、そんな音さえ届きそうな押し方だった。しかも。


「イラついてて八つ当たりみたいに押してるなら、黄色い箱をにらんで押すじゃないですか」


 女は、押しボタンの機械を見ていなかった。
 体はまっすぐ前を向いて、腕をぬっと横に伸ばして、指でボタンをがちがち言わせている。
 女は、Tくんを見ていた。


 うわっ怖っ! 気持ち悪いな…………
 Tくんは居心地が悪くなった。男とは言え夜道、変な人間に絡まれでもしたらコトだ。
 ごくさりげない風を装い、Tくんはその横断歩道から離れた。もうひとつ先の信号を渡ろうと考えたのだ。


 歩道を進むTくんの視界の端に、動くものがあった。
 よもやと目だけを動かして対岸に視線をやると、
「その女ねぇ、ついてきてたんですよ……」


 広い道路のあちら側、その歩道を、女はTさんと平行するように歩いてくる。
 えっ、と驚いたTくんが足を止めると、向こうも足を止める。
 身体が不自然にぐにゃぐにゃと揺れているのが見える。 
 Tくんがゆっくりと足を出すと、女もゆっくりと歩き出す。
 完全に、ついてきている。

 うわぁー、やべぇヤツに遭遇しちゃったなぁ……こんな夜中に買い物なんか出なきゃよかったな……。 
 Tくんは反省しつつも、女の方にも不快感を持った。
 どういうつもりか知らないけど、俺なんかについてきてどうすんだ……ふざけんなよな……あそこの信号でそのまま待ってりゃいいじゃねぇか──
 Tくんは少しだけ振り向いて、先ほどまでいた信号を見た。



 女は、信号の下に立ったままだった。
 さっきと同じくまっすぐ前を向き、腕を伸ばしてボタンをがちがち押していた。 


 えっ?


 対岸をもう一度見る。
 女が、自分とぴったり平行してついてきている。

 どちらもまったく同じ女だった。
 女が、ふたりいるのだ。

 生きている女ではない、と思った。


 Tくんは来た道を戻れなくなった。
 信号は青になっているのに、女はその場でがちがちとボタンを押し続けている。
 引き返して、もしあの女が道路を突っ切ってきたとしたら。


 かと言って、このまま進んでいったらどうなるのだろう。
 もうしばらく歩くと信号があり、横断歩道がある。そこが青になっていて、もしあのついてきている女が渡ってきたら。
 あるいは、3人目の女がぬっと立っていたら──


 曲がり角もない。横道もない。他に通行人もいない。
 簡単な買い物だったのでスマホも持ってきていない。友人知人を呼ぶこともできない。


 どうしよう。


 背中にいやな汗が流れるのを感じながら、Tくんはゆっくりと進んだ。

 とうとう信号が見えてきた。とりあえずはあそこまで、女に気取られないようにペースを乱さずに行くしかない。

 と。

 信号のついている電柱の下に、人影があった。
 Tくんは一瞬ぎょっとしたが、それは女ではなく、立ってもいなかった。

 近づくにつれてわかっていく。 
 パイプ椅子を道路側に向けて座った男の人で、バインダーとペンを持っている。
 自分と同年代かもっと下の、若い横顔だった。
 小さな銀色のものを握っている。カウンターのようだった。

 あぁ、とTくんは胸をなで下ろした。
 あれは、交通量調査の人だ。

 しかしTくんは考える。
 あの人に助けを求めるべきだろうか?  
「女がふたりになって、その片方からつきまとわれてて」と言って信じてもらえるとは思えない。
「変な人が来てて」と告げて逃げ出されたりしても困る。
 とは言え、他にどう話しかければいいのかわからない。

 迷っている間にも足は進む。ちら、とあちらを見やれば女はまだぴったりとTくんの横について歩いてきている。
 話しかけようかどうしようか選べないまま、もう数歩で青年に声をかけられるくらいの近さになる。
 そんな時だった。


「もう少しまっすぐ行った方がいいッスよ」


 青年がだしぬけに言った。


「えっ……? あの、」
 急なことでTくんはほとんど声が出せなかった。

 青年は腕を上げて、あちらを歩いている女を露骨に指さした。


「アイツねぇ、もう2つ進んだ信号からは、先に進めないらしいンすよ」


 こちらを見ずに、怯えも恐れもない表情でそう言った。

「あっ……どうも…………」
 Tくんはそう返すのがやっとだった。

 2つ向こうの信号……? 本当に……? と混乱したまま、青年の背後を通り過ぎる。
 彼はいかにも面白くないバイトだ、というような、つまらない顔をしていた。

 がむしゃらに逃げ出したい衝動を押さえつつ、Tくんは先を急いだ。
 すると、若い男の言った通りだった。
 ついてきた女は2つ先の信号のあたりで、煙のようにフッと消えてしまった。

 よ、よかったァーッ……! とTくんは心底安堵して、そこからぐるりと遠回りしてようやく、自分のマンションに帰れたのだという。

  



 ──という体験を翌日、Tくんは友達に聞かせた。
「いやぁ超怖かったけどさぁ~、あのバイトの兄ちゃんのアドバイスのおかげでマジ助かったわ~。やっぱり人の親切って、ありがたいよな!」


「いやいや」友達は首を横に振った。「おかしいだろ、そのバイトの人」
「え、どこが? 交通量調査のバイトだろ?」
「その人の周りに、同じような調査員の人、いたか? パイプ椅子とかあったか?」
「……いや、全然」
「あのなぁ、普通そういうのって、2人以上でやるもんだろ。後で数字を突き合わせるんだから。一人きりで数えてる調査なんてないよ。しかも夜中に」
「えっ、だってバインダー持って、カウンターみたいなの握ってたよ」
「握ってたってことは、小さいやつだろ? 交通量調査って車種とかを数えるんだから、もっと大きいカウンターじゃないとおかしいだろ」
「…………………………」
「その若い人は、いったい何を数えてたんだ?」





 Tさんはそう言われてはじめてゾッとしたものの、
「まぁ、ほら、事実として助けてもらったわけなんで…………」

 それはそれでよし、とどうにか割り切っているそうである。



 確かに、こういう出来事は深く考えない方がいいのかもしれない。
 よく考えるとさらに怖くなってしまうというのは、こういう体験にはままあることなので。







【終】






☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 禍ちゃんねる ダブルXスペシャル より編集・再構成してお送りしました。




☆よくきたな。禍話はリスナーが5人とかの時から延々とやっている真の怖い話ツイキャスだ。
 200回を越えて2500話以上あるコレのことがあらかたわかる 禍話wiki とゆうのがあり、
 これをブックマークしていくとすごい捗ることがわかっている…………
https://wikiwiki.jp/magabanasi/



★なんとびっくり、禍話はboothにて書籍・同人誌にもなっています。しかも3巻出てます。 
 これを買うと魔が寄って……じゃなく魔除けになるとのもっぱらの評判。
 今だと3巻目が物理書籍で購入できるぞ(21年6月現在)。家に置いておくと他の霊が来ないらしい……
   



いいなと思ったら応援しよう!

ドント
サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。