【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 5&6
●5
これははじめての酒場となると必ず行われるやりとりだった。ただこの儀式、トゥコの機嫌が悪いときだと店主を怒鳴りつける。時にはコップが2、3個割れたり、骨や歯が1本2本折れたりする。
一見の店で厄介ごとがおっぱじまらなくてよかった。昨日の仕事が上々だったおかげか。ブロンドと俺はトゥコを引き連れて、ホッとしつつ苦笑してテーブルに戻った。
昼の日中だからか、やけに広い店だからか、「どっちだか」は空いている。それでも半分は埋まっている。酒の店だからガヤガヤとやかましい。
トゥコの注文は中年の太った女──たぶんあのおやじの女房だろう──がいっぺんにグラス5杯ずつ、盆に乗せられた形でやって来た。
「ひゃあ、来た来たぁ」
トゥコは拝むような手つきで騒いだ。
「5杯ずつとはいい具合だ! おかみさんの考えかい?」
「あたしゃあなんも考えてないよ!」
酒を前にして浮かれたどうでもいい褒め言葉だった。女はそう言いながらもまんざらでもなさそうな顔をしながらカウンターに戻った。
「そう騒ぐなよ、酒は逃げないぞ」と俺の忠告が終わらないうちにトゥコは一杯飲み干していた。
「うん、うまい!」
これは「中の下」という意味だ。こいつの酒の評価は5つで、とてもわかりやすい。下から、
「まあまあだな」
「うん、うまい!」
「こいつはうめぇ!」
「こりゃあ最高だ!」
そして
「飲み干してからクーッと唸って黙る」
が最高位。
この日は2杯目から「こりゃあ最高だ!」が出た。その余韻を味わおうというのか3杯目に期待しているのか、グラスを握って愛おしそうに小麦色の液体を眺めていたトゥコは、ふと遠く、反対側、カンザス側の壁際の席に目をやった。
「おゥい、ふたりともよゥ」すこぶるご機嫌な調子でトゥコが言う。
「あそこにいんのが、ジョー・レアルだぜ。……あんたはああいう野郎は、嫌いだと思うがな」
小声で余計なことが付け加えられた。
俺はちょうど反対側のテーブルを見た。4人か3人用のテーブルにぽつり、とひとりで座っている男がいた。
●6
驚いた。ジョー・レアルなんて泥臭い名前だったし、紳士的なんていう評判を耳にしていたから、てっきり中年か年寄りの落ち着いた男を想像していた。
ジョー・レアルはまず、若かった。
20歳は越えているが、25まではいかないだろう。つまり俺よりも年下だ。まだガキと言っていい。
顎が細く、首も長くて細い、床に伸ばされた足も長くて細い。「西部の男」ってよりは「鹿」みたいな野郎だと思った。ただし上着の下にある肩幅はかなり広く、足の長さと座高からして身長はかなりありそうだった。
ジョーは落ち着いた様子で、ツマミもなしにグラス一杯の酒をゆっくりと飲んでいた。テーブルの上にグラス以外のものはない。帽子はかぶらない主義のようだった。
時折思い出したようにどこか遠くを見る。店の中のどこかではなく、物思いにふけっている様子だった。
真っ黒な髪を少しばかり伸ばし、うしろで束ねていた。パッチリした目の上に濃くて黒い眉毛。すらっと伸びた鼻がその下にあって、肌は鮮やかな褐色だった。白人らしからぬ風貌だったが、あるいは名前からしても、先住民か黒人の血が混じっているのかもしれない。だが顔つきは「濃く」なく、夏に山で吹く風のように涼しげな印象があった。
意志の強さの中に、子供のような柔らかさが残る顔だった。世をすねた悪党でも純粋な善人でもない、だが単なる若い奴ってわけでもない。あの齢でも誰かを引っ張っていけるような、不思議な貫禄を身につけていた。
総じて見るに、まだ若くて青いが、将来大物になりそうな奴、そんな空気をまとっている。
つまり、「鹿」ってよりは「角がでかくなる途中のオオジカ」か。俺は印象を修正した。
「それは人生が順調に行けば、の話だ」
俺は頭の中で俺に囁いた。ああいう野郎は、途中で泥道や川に足をとられてあっさり死んじまうもんだ。
そういう奴を俺は何人も見てきた。
そういう奴を俺は何人も殺してきた。