【怖い話】 いた、いなかった 【「禍話」リライト115】
飲酒運転はよくない。
法律違反だし、酔っての運転は注意力や判断力が落ちて大変に危険である。
そして判断力が落ちると──こういう怖い目に遭ったりする。
平成の前半、それも一桁台の頃の話である。
Aさんは友達ふたりを加えた3人で酒を飲んで、車を運転して帰っていた。
ハンドルを握るのはAさん。俺はそんなに飲んでいないので大丈夫だろう、とタカをくくっていた。
が、車内は酔いのせいでやけに盛り上がる。
いつもは言わないような下ネタやダジャレがどんどん口をついて出てくる。それに3人してゲラゲラ笑ってしまう。
下ネタやダジャレの内容はあまりに低品質で下品なため、ここには記せない。
とにかくそのレベルのギャグでも「ギャハ!」「ギャー!」と笑ってしまう。
郊外の直線が多い道路なのに、運転する感覚がいつもと違って感じる。
しかしそれも、
「なんかいつもよりクルマがまっすぐ走らないんだけどぉ! 道が曲がってるよ!」
「それお前が酔ってるからだろーが!」
「ワハハ! ワハー!」
「ギャハハハ!」
「わはははははは」
とにかく面白くなってしまう。
完全に危ない状態であるが、酒のせいで気づかない。
そのうち助手席の友達が、「あっ! 大変だ!」と飛び上がった。
「なに! どうした!」
「やべぇことになった。マジで大変だよ」
「なんだよ言えよォ」
「今、おれ、めっちゃ、オシッコ行きたい」
ギャハハ、と車内が笑いで満ちる。
「そりゃ困ったなぁオイ、こらへんコンビニもないしさ!」
「ここの床でしま~す!」
「やめろよぉー! 借りモンのクルマだぞ殴るぞオメー!」
この車、Aさんのお兄さんの所有物だった。
兄の車の床に用を足されても大丈夫、と思うほどには酔ってはいなかったから、Aさんはちょっと冷静になり、道路の先に建物を探した。
時刻は0時を過ぎ、普通の店は営業していない。当時コンビニはまだ多くなかった。
公園を見つけたい。が、運悪くそういうモノのない地域に入ってしまっていた。
「アーッ、アーッ。これはまずいですよ! 俺の膀胱が急かしています!」
助手席にいる酔っ払いが身体を前後左右に揺する。
「あれっ? なんか俺もトイレ行きたくなってきたな! ワハ!」
後部座席のもうひとりの酔っ払いもそんなことを言い始めた。
聞いているうちに、Aさんまでも何だかモゾモゾしてきた。
こりゃヤベーな、最悪どこかの道端で──と思っていた時。
前方に明かりが見えた。複数の大きな明かりだ。
低い建物の屋根に、ライトがいくつもついている。
「あっ思い出した、そうだそうだ!」
Aさんはハンドルを叩く。
「ここ、道の駅があるんだったわ!」
ワハハ! よかったよかった! と車内が安堵に包まれる。
駐車場に車はひとつもなく、Aさんはふらつく車を、白線を無視して斜めに停めた。
「あぁ~よかったよかった。あっ安心したらちょっと出た」
「えっ!」
「ウソでぇ~す!」
「やめろや!」
ギャーギャー言いながら車を降り、男子トイレに向かう。
薄明かりの照らすトイレの中、3つ横並びになった小便器を全員で占領する形で、Aさんたちは用を足しはじめた。
酒のせいもあるし、ガマンしていたので、いつもより長く出る。これがまた可笑しい。
「うわぁ~っ止まらないよォ~!」
「このままだと朝まで帰れない~!」
「大丈夫だ! 最悪出しながら帰ろう!」
また爆笑が巻き起こる。それからどうしようもない下ネタと笑い声が飛び交い、トイレの石の壁に反響した。
ギャハハ! ワハハハ! とみんなで笑っている最中。急にひとりが、
「あれっ? あっ」
とトーンダウンした。
「あの、あのさ。ちょっとアレじゃね?」
「なにがぁ?」
「どうしたのぉ?」
「ちょっと、ホラ、静かにしねぇ?」
声を落としながらチラチラと後方に目をやる。後ろには個室が3つある。
「へ? なんだよぉ?」
Aさんは首をめぐらせてみた。
人でもいたらイヤだし、最悪飲酒運転を通報されるかもしれない。
個室のドアは全部、開いていた。
「んんん?」
念のため出入口にも視線を投げる。
誰もいない。
「なんッだよォ~! 誰かいるかと思った~!」
Aさんが言うと、
「別にいーじゃんかよぉ騒いだってよ~!」
もうひとりも同調した。
しかしあとのひとりは、
「いやぁ、ちょっとホラ、迷惑だからさ、な?」
赤い顔をしながらも眉を寄せて、困った表情でいる。
なんだよ急にと言うふたりと、静かにしなよと言うひとりのやり合いが続く。
しばらくして、ようやく用が足し終わった。
みんなほぼ同時に終えたのだが、声を低くしたヤツひとりが足早にトイレを出ようとする。手も洗わない。
「おいおい、汚ねぇぞ!」
洗面台の前で呼び止めると、
「いや、早く出た方が」
と答えつつ、気持ちばかり手を洗った。Aさんともうひとりはおっとりと手を洗う。
「そんなさぁ、ワザとゆっくりやるなって」
「うるせぇなぁ、俺らお前と違ってキレイ好きなんだよ! なっ!」
「汚いもの触ったもんな!」
「わははは!」
当てつけがましい丁寧な手洗いが終わって、ようやく4人でトイレを出た。
スッキリしたせいもあって、夜風が気持ちいい。火照った顔と体を冷やすように歩く。
「静かにしようぜ」と言ったヤツは、トイレを出てからは特に注意をしてこない。ただ少し、おどおどした様子で振り返っている。
「なにお前? なんかしたのかよっ」
Aさんが友達の肩をばしん、と叩くと、そいつは答えた。
「いや。あんま騒ぐと怒られるかな、ってさ」
「誰に?」
「個室にいた人」
「ハ?」
「はぁ?」
Aさんともうひとりは声を上げた。
「いなかったじゃん、人なんか」
「いや、いたってば」
「どこにだよォ」
「だから、個室に」
「個室は全部ドアが開いてたでしょ~?」
「いや、ひとつ閉まってただろ」
「なに言ってンだオメーは」
言い合いながら車に乗り込んだ。引き続きAさんが運転席で、あとは助手席にひとりと、後部座席にふたりが座る。
Aさんは車を出した。
用を足したからか、多少酔いは醒めている。ハンドル操作もマシになった。
半ば醒めた頭で回想してみても、個室は絶対に全て開いていたとしか思えない。人影も、気配すらなかった。
狭いトイレだった。用を足している途中に誰か来れば、さすがに気づく。
なので、走る車内でも口論は続いた。
「お前に言われて俺うしろ見たけど、ドアは絶っ対に全部、開いてたってば」
「いや。ひとつ閉まってたよ」
「ウッソだぁ~。なぁ?」
「そうだよ。俺ら以外にいなかったよ」
「いやいや。閉まってたし、なんか中から声? みたいなのが聞こえたし」
こいつアホなのかな、という表情でAさんともうひとりは顔を見合わせる。
「なぁんにも聞こえなかったよォ」
「声ってどんなんだよ」
「いや声って言うか、咳払いみたいなさ。注意したい時にやるわざとらしい咳。ゴホン! 的な」
「お前、聞いた?」
「ぜんぜん」
「だろぉ~?」
「お前らふたりさぁ、酔って耳詰まってンじゃねぇの?」
「こっちの台詞だよォ。幻覚だよ幻覚。ドアの幻覚と咳の幻聴」
「いやそんなわけないって。いたってば。俺、その個室の人に叱られたら嫌だなと思ってシーッ、って言ってやったんだぞ?」
「なんだよォ言ってやったとか」
「そもそも誰もいなかった、つってんだよ」
「だから、いたってば。絶対いたよ!」
「いなかったっての!」
「そうだよ、誰もいなかったよ!」
「いや、ずっといたよ」
知らない声がして、3人同時に「えっ」とその元を見た。
後部座席の、誰もいなかった所に。
見たこともない若い男がいた。
Aさんが急ブレーキをかけたと同時に3人で車から飛び降りた。
10メートルほど走って道路にへたりこんだ。
悲鳴を上げる余裕もなくて、しばらく息が乱れていた。
申し合わせたように3人一緒にゆっくりと立ち上がって、無言のまま静かに、ヘッドライトがついてドアが開いたままの車に足を向けた。
車内には誰もいなかった。
思い返してみれば、とAさんは言う。
「道の駅のトイレから出たあたりから──4人だったんですよね」
ひとり増えていることは気にも止まらず、Aさんたち3人は「4人」で駐車場を歩き、「4人」で車に乗り込んで、そのまま走り出した。
「いや、ずっといたよ」
と言われる瞬間まで、違和感など微塵も覚えなかったそうである。
「『借りてきたお前の兄貴の車のせいだ!』『呪いの車だ!』とか言われたんですけど、あれ新車だし、それからは変なこともなかったし──」
それ一度きりの出来事だったという。
若い男の顔や服装は記憶にない。
そもそも全体がどことなく「あやふや」だったような気もする。
判断力や注意力が鈍っている時に忍び寄ってくるモノが、この世にはいるのかもしれない。
【完】
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☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
THE 禍話 第27夜 より、編集・再構成してお送りしました。
★禍話についての情報は、リスナーのあるまさんに作っていただき、現在は聞き手の加藤よしきさんに引き継がれた「禍話wiki」をご覧ください。
累計放送回数400超え、3500話以上ある全放送アーカイブ収録。タイトル検索可。「紅蓮華を歌う子門真人」などのモノマネもあります。
ご利用は登録不要・完全無料。人気(クソコワ)話アンケートの結果なども置いてあります……