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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 35&36
●35
「あんたに窓から落とされたのも、あんたに殺されかけたのも、あんたに殴られたのも、この店の……この店にも、責任の一端がある、って言うのさ」
俺は相手の怒りを再燃させないよう、言葉を選んでごまかしながら説明した。
「客の予約がごっちゃになったのが悪い、とな」
「それは……確かに……そうかもしれんな。それで、怒ってどうする?」
さっきまで「殺してやる」と怒っていた男の言とは思えなかったが、たぶん普段は冷静な男なのだろう。何かの一線を踏み越えるとああなる。たぶん女絡みの一線だ。
「金をもらうそうだ。顔の傷の治療費を、この店から。それに慰謝料ももらうと言ってた」
「ははぁ! いや……図太い奴だ!!」ブロンドは心底感心したように言ってから、顎に手をやった。「さっき死にかけたってのに、銭をむしろうって言うのか」
「……それでだ、さっきこの先の飲み屋で、少し話をしよう、と言いかけたよな?」
「あぁ、話してもいい」
「あいつも混ぜて、ってのはどうだ?」
俺は親指で、店の奥でわめくチョビ髭をさした。
「…………お前、面白いことを考えついたらしいな?」ブロンドはニヤッ、と笑った。「確かに面白そうだ」
「まず面白いのは」俺は囁いた。「あいつがこっちに戻ってきてあんたの顔を見たら、どんな風に反応するかだな」
「……そうだな……あいつの顔はそりゃあ……見ものかもしれん……」
俺たち2人はゲラゲラ笑いたいのをこらえて、中に聞こえないようにクスクスと笑った。
それから俺たちは、チョビ髭の洪水みたいな喋りが終わるのを外で待った。「何が起きたのか証言してくれ」と言われた俺だったが、まだ呼ばれない。呼ばれる気配もない。あるいはとどめの一発として、俺を温存しているのかもしれない。
それにしても──
ブロンドは今度はあきれたように、向こうでまくしたてているチョビ髭を見てこう言った。
「しかしあいつは……よく喋る……!」
●36
…………ジョーとハニーを殺しに行こうと「ヘンリーズ」を出ようとしたブロンドを止めたのは、最終的にはそのチョビ髭──トゥコの言葉の魔法だった。
何があったのかはとんでもなく長くなるので語らないが、こっちの被害としてはブロンドの馬が逃げ出し、ウエストが鼻血を出し、モーティマーが左目にアザを作って、俺は右目にアザ。それからトゥコが腹をすりむいたくらいで済んだのだった。トゥコ様々といったところだ。
どこぞの女が言ってただけだから確かなことはわからない。結婚することも相手がハニーであるのかも不確かだ。奴らがどこにいるかも不明。だからしばらく様子を見よう──
そういうことになったが、実のところはブロンドにはできるだけ情報を伏せて、咎められたらごまかして、足止めを長引かせるということで俺たち5人の合意がなされた。
その合意は間違っていた。いろんな意味でだ。
あの時にブロンドにどんどん行ってもらって、ジョーとハニーを仕留めてもらっていたら。あるいは最悪、ジョー&ハニーとブロンドによる相討ちでもいい。
そうすれば俺たち6人、あるいは5人が、あんなことをするまで追い込まれずに済んだだろうし、そして今こうやって、106つの首に囲まれて、第213号の首を検分することもなかっただろうと思う。そう、間違いなくこんなことにはならなかった。
…………男は首をゆっくりと、箱の中から出して、ゆっくりと丸テーブルの上に置いた。
夜の冷たい闇がすっかり外を覆いつくして、その指が「ヘンリーズ」の中まで忍び入っている。
20ほどのランプをそこらじゅうにぶら下げてはいるものの、バーの中は薄暗く、ゆらゆらしている。おまけに「首」の置かれたテーブルのそばにはランプがないときた。
ぼんやりと、首の影だけが、テーブルに置かれたように見えた。
「おっかねぇ」トゥコが誰に言うでもなく呟いた。
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