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【怖い話】 回る車 【「禍話」リライト64】
街の中の思いもかけない場所が、奇妙な空間になっているということが稀にあるようだ。
Sくんは生まれ故郷からほとんど、外に出たことがないという。
「そりゃ修学旅行とか家族旅行とかはありますけど……つまり、」
生活拠点を故郷から動かしたことがない、という意味だ。
小中高までの学業を地元で済ませる人は多いだろうが、Sくんは大学も、地元にある大学を選んだ。
それゆえこの街のことは大概は知っている、という気でいたのだが。
「ああいう変な、場所? があるとは思いませんでしたよ。しかも……ねぇ……」
大学在学中の、寒くなってきた時期のことだという。
その日は夜のバイトが、30分ばかり早く終わったそうだ。
やったじゃん、と気持ちが浮き足立って、いつもとは違う方向から帰宅しようか、という気持ちになった。
「その頃、実家と大学とバイト先の三ヶ所を回るみたいな生活が続いてたので、たまには気分転換、みたいな」
自転車を漕いで、普段とは違う道にヘッドライトを向けて、あてもなく走り出した。
ふと気づくと、数年前まで通っていた高校のあたりに来ていた。
あ~懐かしいな。そうそうこんな家並みだったわ……
夜ではあっても3年通った風景は忘れない。
そのうちに、母校が見えてきた。校舎裏、「第二グラウンド」とか呼ばれていた空間である。
広く高く張り巡らされたフェンスに見覚えがある。
あ~、第二だ第二……なんも変わりねぇなぁ……
Sさんが懐古的な気持ちに浸っていると、ちょうどいい具合に街灯と、その下に自動販売機があった。
周辺はもうすっかり暗い。電柱についた灯りと自販機のライトが家の明かりのように照っている。
──喉も渇いたし、時間もあることだし、あそこでジュースでも買って、校舎を眺めるってのもアリかな。
Sさんはそう考えて自転車を止め、自販機であたたかいコーヒーを買った。
「あたたかい」どころではない熱さに苦戦しながらゆっくりと飲んでいると、妙な音が聞こえてきた。
ズン、ズンという地を揺らす低音のビートと、爆音のエンジンである。
それがフェンスの内側、高校の敷地内からする。
目をやれば、向こうでヘッドライトがキンキンに光っている。2種類の音と一組のヘッドライト、それが第二グラウンドを回ってゆったりとやってくるのだった。
あーアレだわ、完全にアレだ。Sさんはため息をついた。
広い場所ででっかい音で音楽かけてる、迷惑なタイプの車好きのヤカラだわ。ドリフトの練習したり、なんかグルグル回ってタイヤ痕をつけたりするヤツ。
そういうヤカラが、夜の学校に入り込んだに違いない。
世の中には迷惑も考えない、困ったヤツらがいるもんだぜ…………
コーヒーをすすりながら、Sさんは「困ったヤツら」が実際どういう感じなのかと好奇心に駆られた。
暗いんだからわかんねぇだろ、とフェンスに張りつくように見学する。
ゆるゆるとフェンス内を回ってこっちまで来た車を見て、Sさんはあー、やっぱりな~、と呆れ半分に思った。
車の色は黒っぽく、車高が低い。
エンジンが吠えていてやかましい。車内からはズンズン響くビート音となにやら甲高いボーカルがくぐもって聞こえてくる。絵に描いたような「ヤンキーの乗り回す車」と「ヤンキーの乗り回し方」だった。
いやいや典型的すぎんだろ、と心の中で突っ込むSさんの前を、車は早足くらいの速度でフェンス越しに通り過ぎていった。
目で見送っていたその視線の先、フェンスに紙がぶら下げてあるのに気づいた。内向きではなく外向き、道路向きに下がっている。太く強い字体の文字が躍っている。どうやら注意書きらしい。
目をこらしてみると、書いてある内容がわかった。
夜、当校のグラウンドに車で乗り込んで、
騒音を立てるなどしながら暴走行為を
するのは絶対にやめてください。
地面が荒れるだけにとどまらず、近隣の
住民の方にも大変、迷惑です。
あーもう、まさにコレじゃん。今まさに行われてるじゃん、暴走行為。現行犯だよ。
ろくでもねぇなぁ、とSさんは車の後部を見つめつつ考える。車はフェンスをなぞるようにゆっくりと回り、安全運転レベルの速度で走っている。
こんな夜に、しかも学校の中でよくやるよなぁ。せめて郊外の広い駐車場で……いやそれもダメだけど。
ああやって広さを確認してから、なんがドリフトとかグルグル回るのとか、やるんだろうなぁ。
まったくヒマをもてあましてる不良ってのは、
あれ?
そこで、Sさんははじめて思い至った。
ここのグラウンド、車って、入れたっけ?
正面からならば──今の時間だと門は閉まっているかもしれないが──当然、入れる。
しかしそこから、この裏の方までは狭くて入ってこれないはずだ。
建物の隙間を無理に押し通ってくれば来れなくもない。だが側面が傷だらけになるし凹んでしまう。それくらい狭いのだ。そうまでして侵入してくるはずがない。
じゃあこの車、どこから入ってきたの?
疑問と共に、高校当時の変な記憶も甦ってくる。
ここのグラウンドを、授業で使った記憶がない。
男女別の競技をやる際も、何故か一方は第一グラウンド、もう一方は体育館でやったような気がする。
部活動も……ここでなにがしかを長時間練習しているのを見た覚えがない。
高校当時はあまり意識しなかったが、今になっておかしなことに気づく。
この第二グラウンド、まともに利用したことがない。
車は2周目に入ってもスピードを上げず、派手な運転もはじめない。フェンスの脇を普通より遅いくらいの速度で走っている。まるで道に迷って弱りきった人が、塀に手を当てて歩いているみたいだった。
Sさんは妙な車とグラウンドの奇妙さで頭がいっぱいになった。
そのまま立ちすくんでいると、再び車高の低い車がゆるゆると、彼の前までやって来た。
Sさんの前で止まった。
えっなに? とSさんが思う間もなく音楽が小さくなり、車のウインドウが下がった。
車の天井についているライトがぱちり、とついた。
運転席と助手席に、いかにもこういう車を乗り回していそうな容姿の青年が座っていた。
「あのうー、すいませーん」
ハンドルを握っていた青年が弱々しく聞いてきた。
「あのー、ここのグラウンドぉ、俺ら、なんでここにいるのか、わかんなくってぇ……」
運転手の額はかすかに濡れていた。脂汗のように見えた。
助手席の青年も目を泳がせて、おびえきっている。
後部座席にもヤンチャそうな若い男がふたり乗っているが、ふたりとも落ち込んだ様子でうつむいていた。
「……あの、でも」Sさんはようやく聞いた。「どこかから、入ってきたんですよね?」
「いやぁー、それがぁー」運転手は周囲を見回しながら答える。「普通に道を飛ばしてたらぁー、気づいたらここにいてぇー、なんか、外に出れるような門みたいなのもなくてぇー」
ハンドルをぐいぐい絞るように握りながら言う。
「俺たちって、どっから入ってきたんですかねぇー?」
どっから入ったのかぁー、どこなのかとかぁー、どう出ればいいのかマジで、全然わかんなくてぇー。
青年の言葉を聞きながら、Sさんは車の脇腹に視線をやっていた。
洗い立てのようにピカピカで、どこにも傷ひとつない。
やはり、無理に入ってきたのではないのだ。
「いやぁ……そのー、」Sさんはこの状況がものすごく怖かったが、とりあえず一番、無難な回答に飛びついた。
「出れないってなったらまぁ……警察とか……保険屋さんとかに電話するしか……ないんじゃないッスかねぇ……?」
「…………あー、やっぱそうッスよねぇー」
狐につままれたような表情のまま、運転席の彼は助手席を振り返る。助手席の彼も「そうッスよねぇ……」と言う。
それから前方のふたりは、ダッシュボードや席の脇を、ごそごそと探りはじめた。
「ケータイ……ケータイどこやった?」
「わっかんねぇ。マジでパニクってたからどっかやったかも」
「ポケットに入ってねぇわ、あれぇーどこだろ?」
「下は? 下。足の方に落ちてねぇ?」
「ない。ないっぽい。あれっ、ケンに渡したっけ?」
「あっそうだっけ? なあ、ケータイ」
運転手と助手席の青年はふたり同時に、後部座席の方を向いた。
途端にふたりは「うわあああぁぁッッッ!」と絶叫した。
「ケンお前っ、お前の隣にいるの誰だよ!」
後部座席にいたふたりが顔を上げ、それぞれ自分の隣を見た。
その瞬間、ふたり揃って「うわああああぁぁぁッッッ!」と叫んだ。
Sさんは恐怖のあまりフェンスから離れ、しがみつくように自転車に乗って、全速力でその場を後にした。
翌日の昼間。
そっと、母校の周辺をあらためてみた。
やはり車で第二グラウンドに入れそうな門も、建物の隙間も、まるでなかった。
怖かったがちょっとだけ、第二グラウンドのフェンスの向こうを覗いてみた。
学校に似つかわしくない太いタイヤの走行痕が、何周分も地面にくっきりと残っていたそうである。
「いや何か怖かったって、後部座席のふたりがね、ふたりとも叫んだのが怖かったですよ。
せめて片方が、不気味に笑うとか襲いかかるとかしてくれないと……。
あれじゃあどっちが人間で、どっちが人間じゃなかったのか、わかんないじゃないですか……」
母校ではあるものの、Sさんは高校の周辺、特に校舎裏の方面には行かないようにしている。
車と、乗っていた「3人」があの後どうなったのかは、まったくわからない。
【完】
☆本記事は無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
禍話 感染注意スペシャル より、編集・再構成してお送りしました。
☆☆もはや多くは言うまい。禍話についてくわしく網羅されている 禍話wiki があるので、各位やっていってください。
https://wikiwiki.jp/magabanasi/%E7%A6%8D%E8%A9%B1%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
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