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【怖い話】正夢の海【「禍話」リライト72】
Tさんが、同級生と久しぶりに会った時の話である。
「それにしてもなんで俺が、って話なんですけどね……。服も一着、ダメになっちゃったし……」
夏、旧友から連絡があった。
仲のよかったメンバー4、5人で、地元の海に行かないかと言う。
数年前まで毎日のように遊んでいた奴らと久しぶりに会えるのだ。誘われたその日は予定もなかった。Tさんは一も二もなく返事をした。
子供のようにワクワクしてその日を待っていたせいなのかもしれない。
彼は遊びに行く前日の夜、こんな夢を見たそうである。
…………自分は、友達の運転する車の後部座席に乗っている。
運転席から、「ほら、海が見えてきたぜ」という友達の声がする。
外に目をやれば青い空、白い砂浜に、濃く深い青の海が広がっている。
堤防には釣り人の背中が小さく見え、海には波がぷつりぷつりと浮かんでは消える。
「うわー、海だ海だ」誰かが嬉しそうに言う。
夢なので、ここで時間がポン、と移動する。
自分たちはもう砂浜に着いていて、水着に着替えている。
波打ち際へ向かって走っていく友達の後ろ姿、それを追いかけようとすると、自分の水着のポケットに家の鍵が入っている。
「あっ鍵! 何で鍵なんか入れちゃったかなぁ~! おーいちょっとぉ! 待ってくれよぉ!」
夢なので曖昧なのだが鍵をどうにかして、遅れて海へと駆け出していく。
ギョッ、とする。
4、5人で来ていた友達の中の、ふたり。
ふたりが背中と後頭部を見せて、力なく波間に浮かんでいる。
「えっ? 何これ。ドッキリ? いやそんな」
Tさんは戸惑うものの、理屈ではなく「ふたりとも死んでしまったんだ」ということを理解しはじめる。
うわぁ、いい奴だったのになぁ。死んじゃったんだなぁ。
助けられなかったな……友達なのにな……。
波が押しては返す昼頃の砂浜で、ものすごく悲しい気持ちになってしまう。
ここで、目が覚めたという。
ヘンな夢を見たなぁ。なんでふたりくらい溺死してんだ?
別にあいつらのこと恨んでるわけでもないのにな……
頭ではそう思っているものの、心の中の悲しい気持ちはしばらく消えなかったのだという。
とは言え、そんなことで邂逅を取りやめにするわけがない。楽しみな気持ちと日頃のストレスがまぜこぜになったのだろう、とTさんは割り切ることにした。
出かける準備をしているうちに、夢のことなど忘れてしまっていた。
家を出て、友達と落ち合う。
「おう久しぶり!」「太ったんじゃねーか?」「仕事がマジキツいんだよな~」などと旧交をあたためる。
車を持ってきた友達のそばに、見知らぬ女の子がふたりいた。
とは言え本人に「どなたですか?」と聞くわけにもいかない。運転手の彼の服を引いて、小声で尋ねた。
「……なぁ、あの子たち、誰?」
「ん? あぁ、お前知らないもんな。まず左にいる方がさ、俺の彼女」
Tさんは舌打ちをした。
「そういや彼女も連れていくかもって言ってたなァこの野郎」
「いやぁ、へへへ。海に行くって言ったら聞かなくてさぁ~。ゴメンな~自慢みたいになって~」
そういやこいつって昔からこの調子とTさんは思う。
「……わかったわかった。じゃあもうひとりの子は?」
「元カノ」
「は?」
友達は首を縮めて、Tさんの耳元で囁いた。
「元カノ。別れたんだけど、まだ仲良くしててさ。で、今カノは、あっちの子が元カノだってのは、知らないから」
「なにそれ」
「でも元カノの方は、そらへん割り切ってわかってくれてるから。理解のある元カノだから。全然OK」
「……お前なんでこんな日に複雑な状況を作るの? ちょっとミスったら一日が台無しになるじゃん?」
「いやぁ、まぁホラ、元カノも遊びたいっていうもんだから。場の流れってあるだろ?」
「………………」
そうは言っても他の友達や女性陣に罪はない。ここで帰るほどのことでもない。Tさんはちゃらんぽらんな友達にイラッとしつつも、車に乗り込んだ。
運転手の友達のちゃらんぽらんさは、これだけに止まらなかった。
「あっそうそう、海に行く前にちょっと寄りたい店があるんだよな。10分くらいで済むから」
「なに? 食い物でも買うの?」
「ううん。水着」
「は?」
「水着。いやぁすっかり買うの忘れちゃっててぇ~!」
「お前……お前なぁー!」
この始末にはさすがのメンバーも全員呆れ返ったが、なにせ今日の運転手である。不承不承スポーツ用品店まで移動し、彼の買い物を車の中で待った。
お待たせ、と運転手は戻って来た。
「いっぱいあって迷っちゃったけど、コレにしたわ。どう? いい感じだろ」
「……あれっ」
Tさんは見せられた水着の柄を見て、背中のあたりがぞわっとした。
今朝がた見た夢を思い出したのだ。
海に浮いていた奴の水着の柄が、確かこれとそっくりだったような気がする。
「どうした? 変な顔して」
「いや、なんでもないけど……」
Tさんは嫌な心持ちになったものの、黙っていることにした。これは、ただの夢の話なのだ。
車はしばらく走った。
Tさんは、後部座席に乗っていた。
運転席から、「ほら、海が見えてきたぜ」という友達の声がした。
外に目をやれば青い空、白い砂浜に、濃く深い青の海が広がっていた。
堤防には釣り人の背中が小さく見え──
あれ?
海には、波がぷつりぷつりと浮かんでは消える。
午前の陽光を反射させているその海の風景を、Tさんは見たことがあった。
あの空の広がり方、砂浜の色合いや人出、堤防て釣りをしている男たちの姿──
「うわー、海だ海だ」と、誰かが嬉しそうに言った。
海に着いた。車を停めて降りる。
モヤモヤしたものを胸の奥に感じつつTさんはロッカーつきの小屋のような場所で、水着を出す。
ぼんやりしていたから手が遅くなったのだろう。他の面々はさっさと水着姿になって、「先行ってるぞ!」とTさんの脇を抜けていった。
「あ、今行くから!」
波打ち際へ向かって走っていく友達の後ろ姿、それを追いかけようとすると、自分の水着のポケットに家の鍵が入っている。
「あっ鍵! 何で鍵なんか──」
あれ?
ものすごく嫌な予感がした。
「おい! おーい! お前らちょっと待って……」
友達を呼び止めようとしたTさんの肩を、力強く叩く手があった。
え、と振り返る。
元カノさんが立っていた。
水着にすら着替えていなかった。
「お、泳ぎには、行かないンすか?」
Tさんは尋ねた。
彼女はTさんの顔をまじまじと見つめながら、自分の口元に手をやった。
人さし指が立って、横に細く伸びた唇の前に来た。
唇の中に、白い歯が見えた。
「シーーーッ…………
シィーーーーーッ…………」
そう言われた。
Tさんが言葉を失っていると、彼女は続けた。
「それは、言っちゃダメですよ」
Tさんの心臓は止まりそうになった。
前に向き直ると、友達はもう砂浜の真ん中あたりに達している。
「おーい! ダメ……ダメだって!」
Tさんは思わずそう叫びながら駆け出していた。ポケットの鍵どころではなかった。
波寄せるギリギリ手前で、どうにか友達に追いついた。
「何だよお前、そんなでっかい声なんか出して……」
「恥ずかしいだろ、もう高校生でもないのに……」
そう不平を言うみんなを尻目に、Tさんは息を切らせつつ言う。
「……そうだぞお前ら、あの~ほら、俺らもう、若くないんだから。な? いきなり入ると足とか攣っちゃうから!」
「攣らねーし……」
「ダメダメ! 危ないからマジで! ただでさえ運動不足だし! 体操しよう? なっ!」
「めんどくせぇな~。お前おかあさんかよ?」
必死にメンバーを説き伏せて、波打ち際で適当に体をほぐすことになった。
「ちょっとずつ海水をかけてな! 一気に飛び込むと体に悪いから!」
海に入る時も、周囲のうざったそうな目つきを感じつつ注意する。
みんなで泳ぎはじめた後も気が気ではなかった。
「浮かんでいた奴は、海水が急に冷たくなっているところに入って、心不全を起こす」
そんな気がしたので、例の友達の近くばかり泳いでいた。
太陽がてっぺんを越えたので、みんなで昼飯にすることにした。
全員でざぶざぶ水から上がり、海の家で焼きそばでも食うかといった話になった時、
「あれ? あの子は?」
誰かが言った。
元カノさんの姿が見えなかった。
そういや海に入った時から姿が、いや入る前からいなかった、水着にも着替えてなかったよ、などのやりとりが交わされる。
どうやらひとりで帰ってしまったようだ、という結論に達した。
その浜からはバスも出ている。理由はわからないが、たぶんそれで帰ったのだろう、と。
「あいつ急に帰っちゃったなぁ~。急用でもあったのかなぁ」
などとぼやく例の友達を引っぱって行って、小声で聞いた。
「………お前、元カノさんとちゃんと別れてないんじゃないか?」
「えぇーっ? ちゃんと別れたよ? 今カノとの仲も『おめでとう』って言ってくれたし」
「それにしてもお前……デリカシーってもんがさ…………」
「そうかなぁ??」
午後も心配だったので、Tさんはみんなを浅い所や砂浜で遊ぶよう、それとなく仕向けた。問題の友達を砂に埋めてやったりして、できるだけ彼らが海の深みには行かないように工夫をした。
日が傾いてきて、彼はようやく不安から解放された。
夢に見た光景の太陽は、正午前後の高さだったからだ。少なくとも空は赤くなかった。
「あ~ぁ、遊んだな……」「結構疲れた」「そろそろ帰るか」とみんなが言う。やTさんは心身ともに疲労困憊だったので、うんうんと頷いた。
水着姿で、粗末な男子更衣室に戻る。
Tさんは、自分の荷物が入っているロッカーを開けた。
着てきたシャツとズボンが、ビリビリに切り裂かれていた。
その上に、手帳でも引き裂いたような小さな紙が乗っていた。
言わないでっていったのに
なんでいったんですか
私おねがいしたのに
いうなんて本当ひどい
なんでいったんですか
走り書きで、そう書かれていた。
Tさんの方が死んでしまいそうなくらい、怖かったという。
幸運なことに羽織ってきた上着や他の荷物は無事だったので、彼は上着の前を止め、下は懸命に絞ってシャワーで洗って、履き直した。
運転手の彼からは「座席に塩がつく」と咎められたものの、「いやちゃんと洗ったし! 海の思い出を大事にしてこの格好で帰りたいんだよな、今日は!」と無理を通した。
全部テメーのせいなんだぞという叫びは、かろうじて押しとどめた。
普段は地元にいないので、そういう意味では怖くはないそうなのだが。
「アイツと元カノさん、いつかどうにかなるんじゃないかと思って、すげー心配なんですよね…………」
Tさんは不安そうに、話を締めくくった。
【完】
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
禍ちゃんねる 新作物真似もあるよ回 より、編集・再構成してお送りしました。
【靈】年末年始の禍話は大忙し!! どうして無給なのにこんなに放送があるの? そこに、恐怖があるからさ…………
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(ハイパーDXまとめサイト禍話wiki の管理人さんよりお借りした画像)
加えて、23日(木)にはまたもや夏目大一朗監督が、怪談ユニット「怨路地」を引き連れて襲来予定。怖い話という蛍光灯で頭を殴り合うとか、合わないとか……
23日から1月1日までで都合6回、しかも29日から1日までは休みナシとかいう、年の瀬のお笑い芸人を越える勢いのハードスケジュール。
そこに恐怖があるからって、無給で働きすぎじゃありませんか? お象さん心配です。寒いので、体に気をつけてください…………
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