【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 63&64
●63
ポンチョの男は、ダラスに渡された紙にペンを走らせる。ボロを着ていても名前は書けるようだった。
俺はなんだかおかしくなってきてしまった。笑い出しそうだった。俺が許したとは言え、ジョーには似ているが似ているだけの首が106の中に加わるのだ。
このポンチョの男に、「それがな、ジョーの首は106もあってな!」と言って並んだ首を見せたら、どうなるだろう?
ひゃあ、とひっくり返って小便を洩らすだろうか? わぁ、と叫んで逃げ出すだろうか? 泡を吹いてぶっ倒れるか?
顔に笑みが浮かんでいたのだろう。隣にいたトゥコがとんでもない目つきで俺を見ていた。
男は無言でダラスに紙を渡した。ダラスはご丁寧にも両手でそれを受け取って、今日幾度も耳にした、銀行員らしい紋切り型の言葉を言おうとした。
「はい、ご記入どうもありがとうございます、ジ…………」
某様ですね、と告げるべき部分で、ダラスは絶句した。
「じ……冗談はよしてくださいよ……!」
どうした? とブロンドが近づく。ダラスは男から目を離さないまま、ブロンドに紙を手渡した。
紙を見て、ブロンドの顔色がさっと青くなった。そう思ったら今度は赤くなった。
「お前、ふざけてるのか?」ブロンドは紙切れをバサバサさせながらイラついた形相で迫った。「殺されたいのか?」
男は黙っていた。黙ったまま、首を袋にしまいこんだ。
得体の知れない虫でも見てるように、ブロンドはその男から離れて俺とトゥコの方へ歩いてきた。
「なんだよ、なんだよぅ」とトゥコはうわ言のように呟いて手をブロンドに伸ばしている。
紙は俺が受け取った。
俺の心臓は一瞬、止まってしまった。
そこには名前が、こう書かれていた。
Joe Real
俺の隣で紙を見たトゥコの顔は紙よりも真っ白になった。息ができないみたいに、口をぱくぱくさせている。
ブロンドは紙をひったくって、不安な顔のウエストとモーティマーに紙を見せに行った。
その時、俺は見た。
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ポンチョの男が、被った布の下で少しだけ笑った。顔が動いたせいで布がずれて、その口と、その顎が見えた。
それは、俺の見たことのある口と顎のラインだった。
いや、今日何回も、何十回も、百何回と見た口と顎のラインだった。
俺は絶叫した。絶叫しながら立ち上がって腰から銃を抜いた。
「どうしたおい!」「セルジオ!」「何だ!」そう叫ぶ男たちの声がひどく遠い。心臓の鼓動が速い。頭が血で膨らんだように重苦しい。視界がぐっと狭まってくる。
その視界の真ん中で、男が今まで伏せ気味だった顔を持ち上げながら、俺の方を見た。
そうだ。こいつは入ってきてからずっと布を被っていた。顔を伏せていた。忍び寄る夜の闇に紛れ込ませるように。
顔を上げていくごとに、ちょうど足元に置いてあったランプが、男の顔を下から照らしていく。座っているトゥコには見えないくらいのうっすらした光が、男の顔面の凹凸を照らし出した。
あの眉だった。
あの目だった。
あの鼻、あの頬、あの口にあの顎……
どうしてこの可能性に思い至らなかったのだろう?
いや、俺たちは思い至っていたのだ。だからこそ、この106つの中から、「本物」を探そうとしていたのではなかったか?
心臓と肺の興奮を意識して押さえつけた。一言か二言、みんなに告げられればよかった。それだけの呼吸と身体の余裕が欲しかった。
手が震えていた。馬車を襲った時のダラスよりも震えていた。唇が震えて動かなかった。
「──こいつはジョーだ」
俺はようやく言った。
「ジョー・レアルが、ここにやって来た」
ブロンド、トゥコ、モーティマー、ウエスト、ダラス。全員が息を呑んで男の方に向いたその直後。
男は、頭にかぶせた布をゆっくりと取り去った。
そこにあったのは、ジョー・レアルの顔だった。
107つ目の、胴とつながった、生きているジョー・レアルの首が、そこにあった。