【怖い話】 五回家族 【「禍話」リライト111】
昔は変な習慣があったよねぇ、という話題になった。
田舎の村の話ではなく、小学校の話である。
「冬でも上着を着て授業を受けちゃダメ、とかさ。寒さに立ち向かえる強い体を作る、つって。ムチャだよな」
「部活の時は水を飲ませないとか。バテるからって理由だっけ? よくわかんないよねぇ」
「よくわかんないと言えばさぁ、給食のゼリーとかパンなんかを、その日に休んだ人の家に届けてたよな」
「あ~やってたやってた」
「あったねぇ、そういうの」
「パンを透明のビニール袋に入れてさ、配ったプリントと一緒に持っていったりなぁ」
「届けてもらったパンって、食べた?」
「いや食べないよ。だって来るのが3時とか4時だもん」
「だよなぁ、こっちは具合悪くて休んでるのに、揚げパンとか食べれないよなぁ」
「あっ」
話に混ざっていた内田くんが声を上げた。
「揚げパンで思い出した」
今の流れで頭に浮かんだ記憶があるという。
小学校の頃の、何だか怖い体験だそうだ。
揚げパンの怪談? と茶化すと「いやそうじゃなくて」と真面目な顔をする。
「パンとかプリントを届けに行った先で見たモノの話で……怖いってよりは、居心地が悪いというか、気味が悪いというか……」
オガワさんという同級生がいたそうである。
たいへん病弱な女の子で、体育はいつも見学していた記憶がある。
幸いなことに体の弱さをネタに、学校でいじめられたりはしていなかった。友達はそれなりにいたという。
ただ、学校をよく休む。
クラスが一緒になってから、1ヶ月で数回のペースで休む。これでも以前よりは多少、丈夫になったらしい。
青白い顔をして、がんばって登校してきた日もあった。
そんなオガワさんが休んだ日に、プリントや給食の一部を届けてあげるのが内田さんの役割となっていた。
一学期の早々にオガワさんが休んだ日があった。その時に役目を仰せつかって、そのまま「担当」という形になった。
「同じ区域で、しかもご近所だったんですよね。子供の足で2分もかからない距離」
特に嫌でもなかったし、苦労はしなかった。
いちばん最初にオガワさんの家に行った時のことである。
当時はプライバシーなどもゆるゆるだったから、オガワさんの家の住所は先生から教えてもらっている。
一軒家、平屋の家のチャイムを押すと、曇ったガラス戸の向こうに小さな人影が浮かんだ。
「はぁい」と聞きなれた声がして、引き戸がカラカラと開いた。
オガワさんがサンダルを履いて立っていた。
「ああ内田くん。こんにちは……」
「先生に言われてさ。これ、今日のプリントと、あと給食でついてきたゼリー」
「わぁ。わざわざありがとう」
オガワさんはパジャマを着ている。顔色もよくない。
大人がいないのかなと思ったが、玄関には大人の女性の靴があった。たぶんお母さんだろう。
病気で休んでるんだから、オガワさん本人が出てこなくてもいいよなぁ──
2回目も、オガワさん本人が出迎えた。やはりパジャマ姿で、顔色が悪い。
今回も靴があるし、家の奥には誰かいる感じがする。しかし出てくるでも声をかけてくるでもない。
3回目だったろうか。
内田さんは子供ながらに気になって尋ねた。
「ねぇ、大丈夫?」
「うん、寝てたからよくなったよ。明日は行けるよ」
「それはいいんだけど、ほら、寝てた方がいいんじゃない? お母さんとかいないの?」
内田くんは廊下の先にちらりと目をやった。
「あ。それはいいの」
オガワさんは白い顔で微笑んだ。
「そういうことになってるから」
オガワさんは気候を問わず、ぽつりぽつりと休んだ。
ある日いつものように丸めたプリントを持って、オガワさんの家のチャイムを押す。
カラカラと引き戸が開いて、
「あらあら、こんにちはぁ。ありがとうねぇ」
お母さんらしき人が出てきた。
「内田くんだよね? ウチの子からは聞いてたんだけど、いっつもお世話になっちゃって」
「え。いや、ダイジョーブです。オガワさんは、どうですか?」
「あぁ心配しないで。お昼まで横になってたから、もうよくなったわよ。明日は行けると思うから──」
お母さんが喋る後ろ、玄関と廊下にちらりと目を走らせる。
が、オガワさんは姿も顔も見せない。
前回までは普通にやりとりをしていたのに……と、ぷっつり糸が切れたような気持ちになった。
そのくせ翌日には普通に登校してきて、「昨日はプリント、ありがとね」などと内田くんに言う。
複雑な気持ちになった。
夏休みが終わった後のことである。
内田くんがまたプリントを持ってオガワさんの家に行くと。
「はぁい。どなたですかぁ」
玄関を開けて、お父さんらしき人が現れた。
「あ。内田くんだよね。いつもうちの子が世話になってるね。ありがとう」
私服姿で、初対面の内田くんにお礼を言う。
「いつもいつも届けに来てくれてるよねぇ。あぁ、プリン? 給食についてきたやつかな? ありがとうね」
オガワさんのお父さん、今日はお休みだったのかな。
一度目はそう思った内田くんだったが──
次の時も、また次の時も、お父さんが出迎えるのだった。
それに加えて。
オガワさん本人とお母さんは、影すら現さない。声もかけてこない。
何だかおかしい。
子供ながらにそう思った。
お父さんというのはだいたい、お昼は働いているものだと思う。
お父さんもお母さんも働いているおうちで、看病のために交互に休んでいるのだろうか。
いやそれだと、最初の頃にオガワさん本人が玄関まで出てきたことがヘンではないか。
それに──
出迎えがオガワさんからお母さんに代わって、今度はお父さんになった。
人が代わると、別の人が全く出てこなくなる。
看病のために交互に休んでいるなら、
「前の前はお母さん」
「前回はお父さん」
「今日はお母さん」
などと、入れ替わったりするのではないか。
何かおかしい。
次にオガワさんが休んだ日のことだった。
先生はいつものように「じゃあ内田くん、オガワさんにこれ、よろしくね」と渡してきた。
内田くんはプリントの束と、袋に入った揚げパンを見つめながら思案した。
オガワさんの家に行くこと自体は問題ない。悪い扱いをされているでも、嫌がられているわけでもない。
けれど出迎えの件で、胸のあたりが「?」でいっぱいになって、モヤモヤしている。
机にプリントとパンを乗せてウゥン、と唸っていると「どうしたんだよ内田~」とクラスメイトに声をかけられた。
内田くんはモヤモヤを吐き出したくなって、友達に「オガワさんの家の出迎え」の話をした。
気づいてしまう奴というのはいるものである。
変な話だなぁ、なんだそれェ、と言っているうちに、
「あれっ」
ひとりが指を折って数えはじめた。
「あっ、もしかして」
そいつはパッと立ち上がった。
「オレ職員室行ってくる」
「どうしたの」
「ちょっとヘンなこと思いついたんだ」
そいつは教室から走り出ていって、10分ほどで戻ってきた。
「やっぱりだなぁ~」と腕を組んでいる。
「なに? なんかわかったの?」
「ちょうど先生がいなかったからさぁ、こっそり出席のノート、見てきたんだよ。毎朝先生が名前を呼ぶやつ──」
出席のノート、出席簿のことである。
人目を盗んでそれを開いて、「数えた」と言う。
「数えたって、何を」
「オガワがどれだけ休んでるか、って」
出席簿を開いて、オガワさんの欄にバツがついている日付を数えた。
「オガワのお母さんが出てきた日ってさ、校庭に犬が入ってきた日じゃね? って思い出して」
「あ~、そうだったなぁ」
「そうそう、ちっちゃい犬がな!」
学校そばの家から逃げ出した子犬が校庭に入り込み、キャンキャン走り回って騒ぎになったのをみんな覚えていた。
「で、ヘンなこと思いついたんだよな」
「……どんなこと?」
内田くんが尋ねると、友達は答えた。
「五日で交代したんじゃないか、って」
「え、なに?」
「だからぁ、最初はオガワ本人だったんだろ。次がお母さんで、今はお父さん」
友達が指を折って数える。
「夏休みが終わってから、オガワがはじめて休んだ日に、お父さんが出てきたんだろ?」
そう──だったと思う。
「ほらっ! やっぱりそうだよ!」
友達は机を叩いた。
「いま確かめてきたもん! 五回出迎えると、別の人に交代してるんだよ。オガワの家には、そういうルールがあるんだよ。なっ!」
なっ! と言われても──
内田くんも周囲の友達も、当惑した顔になった。
「それでさぁ、オガワ、今日も休んだろ?」
友達は内田くんに顔を寄せた。
「──今日で、休んだのが十五日だったよ。だからたぶん、お父さんが出てくる最終日だよ、今日が」
パンとプリントを持って歩く帰りの足が重く感じた。
妙なことを聞いちゃったな、と内田さんは思う。
ビニール袋の中の揚げパンは油まみれで、内側をべたべたに汚している。自分の指や手までぬるつきそうな気になる。
それでも内田くんは、オガワさんの家まで行った。
チャイムに指が伸びる前に、ふっ、と妙な気配がした。
玄関の引き戸を見やる。
曇りガラスの向こうの上がり口に、座っている人影があった。
「わ……」
声が出たものの、帰るわけにはいかない。
チャイムを押した。
ピン、ポーン、という音が虚ろに響いた。
人影は動かない。
返事もしない。
「……あっ、あのう」
声をかけてみても微動だにしない。
「し、失礼しまぁす」
内田くんは戸に手を掛けて、カラカラカラ、と横に引いた。
オガワさんのお父さんが座っていた。
上がり口から両足を下ろして、家族の靴を踏んでいる。
膝の上に両手が揃えてある。
こっちをまっすぐに見ている。
「こっ、こんにちは」
内田くんは頭を下げた。
「こんにちは」
お父さんは返事をした。
平べったい口調だった。
顔にも表情がない。
「あの、これ今日のプリントと、あと今日、給食でパンだったので、これ、オガワさんに」
ふたつを差し出すと、お父さんは無表情で受け取った。
ありがとう、とも言わない。
「じ、じゃあボク、これで」
踵を返そうとした時だった。
「あのね」
声をかけられた。
「はい、なんですか?」
「これ以上は、出迎えられないんだけど、どうしたらいいかな」
「えっ?」
「うちは、家族が三人しかいないから。これ以上は、出迎えられないんだけど、どうしたらいいかな」
「……あの、ちょっとボク、わかんないです」
「これ以上は、出迎えられないんだけど、どうしたらいいかな」
「えっと、あの」
何かがおかしい。
どうしたらいいのかわからない。
背中に汗がにじむ。
家の奥からは、ひっそりと隠れてこちらをうかがっているような気配が濃密に漂ってくる。
お父さんの声にも顔にも、感情というものがなかった。唇だけが機械的に動いている。
内田くんは頭を振り絞って答えた。
「おっ、大人のひとに。ボク、先生とかお父さんに聞いて」
「これ以上は、出迎えられないんだけど、どうしたらいいかな」
「あの、ごめんなさい……あの」
「これ以上は、出迎えられないんだけど、どうしたらいいかな」
「か、かえります!」
内田くんは頭を下げて玄関から飛び出した。
家に帰ってから両親に話してみたものの、子供の説明なので異様さや怖さがうまく伝わらなかった。
「よくわかんないけどなぁ、お父さん、たぶんオガワさんを看るために会社を休まなきゃいけなくて、ストレスになってんじゃないか?」
「そうそう。お母さんとも揉めたのかもしれないし。それでちょうど家に来たアンタに、八つ当たりみたいなこと言っちゃったんじゃない?」
お父さんもお母さんもその程度のことしか言ってくれなかった。
内田くんの記憶の中には、オガワさんのお父さんの感情のない表情と声がずっとへばりついていた。
翌日、オガワさんは登校してきた。
本調子ではなさそうだったが、普段通りの様子だった。
その変化のなさがまた、内田くんの心を波立たせるのだった。
2週間ほど経った頃だった。
オガワさんが休んだ。
いつものように先生からプリントを渡される。断ろうかと思ったけれど、どう言ったらいいものかわからない。
ともあれ、怖くてひとりでは行けない。
だから、「五回で交代してるみたいだぜ」との話題になった時、その場にいなかった友達を誘った。
ちょっと具合が悪くて、ひとりじゃ行けそうになくて、と適当な嘘をついた。
「え~っメンドクセぇなぁ~。おれ観たいテレビあるから、遅れないように行くならいいよ!」
友達は渋い顔をしつつ、承諾してくれた。
ふたりでオガワさんの家まで行くと、
「あっ」
声が出た。
玄関の戸ががらりと開いている。
「あれっ、開いてるね。どうしたんだろ?」
何も知らない友達は気軽に近づいていく。内田さんの足取りは鈍くなった。
開けっぱだとドロボーとか入っちゃうよなぁ、と呟きながらひょいと内側を覗いた友達が「わっ!」と叫んだ。
「なんだこれぇ。変なもの置いてあるぜ」
変なもの。
内田くんはプリントを握りしめて、勇気を出して近づいていき、開いた戸から首を出した。
薄暗い玄関に。
人形のようなものがあった。
暗い色の粘土で出来ていた。
ぼっこりした胴から、腕と足のようなものが指でつまんで作られている。
頭部であろう部分が上から出ていて、目と口のような柔らかなへこみがついている。
だからどうにか、人の形に見える。
赤ちゃんが作ったような、ひどく拙い人形だった。
それが玄関の上がり口の下、靴が並ぶところに、捨てるようにして置いてあった。
廊下の先、茶の間の方には人の気配がある。
複数の人間がじっと息を潜めているような雰囲気が伝わってくる。
なんだろこれ、変なの、と言っている友達の横を抜けて、プリントを玄関に置いて「帰ろ」と言い、友達の腕を引っぱって家を出た。
友達はなんだよ、どうしたんだよ、と後ろで文句を言ったが、内田くんは絶対に振り返らなかった。
そのあともオガワさんは、月に数回は休んだ。
「怖いので数えなかったんですけど、何度か行くとね……変わってるんですよ。
粘土の人形の形が変わってるんです。
腕が伸びてたり、顔が無くなってたり、全体が細長くなってたり。
プリントやパンなんかを置く時に視界の隅に入るだけですけど、それだけでもわかるくらい、全体の形状が変化してましたね」
あれはたぶん、俺が五回来るたびに、作り替えてたんじゃないかなぁ。
別の人が出迎えています、っていう形に見えるように──
怖い話じゃなくてスイマセン。でも気味が悪くてね。今でもひょいっと、思い出すんですよね。こういう話題の時に──
オガワさんと内田くんは、学年が変わると別のクラスになった。
オガワさんは休みがちながらも小学校には通い、卒業式でもその姿を確認できたという。
ふたりは中学も高校も別の学校になったし、内田くんは大学進学のために県外に出て、そこで就職し、今に至る。
だからオガワさん一家のその後は、まったく知らない。
【完】
👻 おしらせ 👻
1.7月28日(日)、大阪梅田ラテラルに里帰り!
「FEAR飯の恐怖は上々」
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大・発売中!
2.「禍話」に! 吉田悠軌さんがやって来た! ギャア!ギャア!ギャア!
7月20日(土)の21時より放送した、こわくてゆかいな「禍話」スペシャル回の放送アーカイブはこちら↓↓↓です。
Q.吉田悠軌、とはどういう人ですか?
A.怪談作家で怪談師にして、怪談・オカルト文化研究家。
実話怪談はもちろん、心霊スポットから怪談史まで著書多数。最新作は『教養としての最恐怪談』『ジャパン・ホラーの現在地(編著)』。
ホラーの歴史を編む/怪談考察などの活動をしつつ、児童書から学術系まで多種多様な本を出し、さらに各種怪談・ホラー界隈にフットワーク軽く出演しておられるすごい人。YouTubeにも出演動画が多数アリ。
映像作品においては、
「コワすぎ!シリーズで識者として登場」
「霊に憑依されたフリをして ももいろクローバーの面々をビビらせる」
「検索すると怪人が来て斬首されるとのウワサがある名前を『そんなわけねぇだろ! 今ここで調べてやんよ!』と検索し、秒で斬首される」
などの活躍が見られる。
3.えっ! かぁなっきさんが審査員!?
集え動画制作者! 怖い話の動画を作って、北九州の鬼をビビらせよう!!
4.大家さん作画のコミカライズ版『禍話』の2巻、順調にいけば今年中に出るそうです……
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
禍話フロムビヨンド 第3夜 より、編集・再構成してお送りしました。
★禍話について、または放送リストについては、聞き手の加藤よしきさんがボランティアで運営されている「禍話wiki」をご覧ください。