【怖い話】 法事怪人 【「禍話」リライト 掌編⑦】
祖母の法事の日の出来事だという。
仏間での読経は滞りなく終わり、親類知人一同は座敷へと移動した。
ユタカさんは思うところあって、仏間に残っていた。
ひとりきりで畳に座り、仏壇を眺める。
遺影や位牌を見つめながら、在りし日の祖母のことを思い出していた。
ふっ、と視線を感じたので、目をやった。
仏間には、庭に通じる大きな窓がある。
その窓の外に男がぬっと立って、室内を覗きこんでいた。
「えっ……」とユタカさんは驚いた。
誰? この人。
祖母の知人にしては若すぎる。二十代に見える。もちろん知った顔ではない。
黒っぽい服装でもなく、故人に挨拶に来た、という格好ではない。
そもそも庭まで回ってくる理由がない。玄関から入ってくればいいのだ。
というか俺がいるんだから、用事があるなら俺に声をかければいい話で……
……などと考えていると、妙なことに気づいた。
男の口がモソモソと動いていた。
仏間の窓ガラスは薄い。けれど何と言っているのかわからない。
男は仏壇を見つめながら、ずっと何かを呟き続けている。
えっ──不審者?
遅まきながらもユタカさんは思い至った。
これは、放置しておけない。
「あの……なんでしょう?」
ユタカさんは聞いたが、男に変化はなかった。
仏壇の真ん中あたりに視線をやりながら、口を動かしているばかりだ。
ユタカさんはもう一度「あの、なんですか?」と尋ねた。
反応はなかった。
なんだよおい──
立ち上がった。怖さよりも、祖母の法事に水を差された苛立ちの方が強い。
窓に近づく。
「ちょっと、あなたね!」
と言いながら窓ガラスを開けた。
男の声が聞こえるようになった。
「てんしょういんせいしんじうんだいし
てんしょういんせいしんじうんだいし
てんしょういんせいしんじうんだいし
てんしょういんせいしんじうんだいし
てんしょういんせいしんじうんだいし」
男は、祖母の戒名を呟き続けていた。
「うわっ!?」
思わず窓を勢いよく閉めた。ばしん、という物音が家中に響く。
それを聞きつけた親類がやって来て、ちょっとした騒ぎになった。
その隙に、若い男はいなくなってしまった。
塀は高いし、外でタバコを吸っていた人たちがいたため、見咎められずに家に出入りするのは難しいはずだった。
昨晩の雨でゆるんでいた庭に足跡も残っていなかった。
親類に聞いてみたものの、一致する容姿の人間はいなかった。
「アレねぇ、人間じゃなかったような気がするんですよ。かと言って、祖母と縁があるわけでもないような気がして。
どう言えばいいかなぁ。変な表現になるけど、『ちょっと通りすがった』みたいな、そういうモノなんじゃないかって──」
ユタカさんはそう言って、首をひねるのだった。
(完)
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
禍話インフィニティ 第三十四夜 より、編集・再構成してお送りしました。
登場する名前は先日の孤島ライブの舞台「豊島(てしま)」から取った仮名です。
なお、ツイッター(現X)に上げた縦書きのもの↓からも、読みやすくするために改稿してあります。比べるのも一興かと……
★禍話についての情報は、リスナーのあるまさんに作っていただき、現在は聞き手の加藤よしきさんが運営している「禍話wiki」をご覧ください。
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