【怖い話】キャンプの嘘話【「禍話」リライト37】
暑い夏だったという。
「やべーな、暑いなオイ」
「マジで夏だよな」
「なんか、夏休みっぽいことやりてーな」
「やりてーな。川とか海に行くとか」
「スイカも食いてぇし花火もしてぇな」
「バーベキューもいいよなぁ」
この体験をしたRさんはいわゆるヤンキーで、同じような仲間5、6人とつるんで車を飛ばしたりパチンコをしたりして日々を過ごしていた。
ただし「不良」というほど悪くはない。チャラいかイカツめな格好はしているものの悪事は働かない、明るく楽しいヤンキーだったそうだ。「パリピ」に近いのかもしれない。
「あっ。俺いいこと思いついた」
「なんだよ」
「全部やろうぜ全部」
「全部?」
「キャンプやんだよ、キャンプ!!」
「おぉ~っ!!」
ひどく暑い夏だった。いつものメンツ6人で集まってダラダラ喋っていたら、急に夏を満喫したい気持ちが高まってきたという。
みんな明日は仕事や大学が休みだった。「キャンプ」という単語が出た瞬間から、こらえ性のないRさんたちはもはやキャンプに行きたくて仕方なくなった。
「でも、カネねぇしな」とひとりがさみしく呟くと、他の奴が「言ったよな? 俺、パチンコで爆勝ちしたんだぜ?」とサイフを取り出す。
やべー! 勇者いたよ勇者! このタイミングで! などとどんどんテンションが上がる。
「明日が休み」「金がある」「車もある」、これだけ条件が揃っていたのでもう彼らを止めるものはなかった。
「キャンプ行こう! キャンプ!! 今日行こう!! 今日!!」と狂乱状態になり、とりあえず車に乗り込んで走り出した。
先のことはまるで考えていなかったので、タイヤを転がしながらとりあえずカーナビに「キャンプ場」と入力する。ヒットした。遠くない。あるじゃんキャンプ場! 目的地に設定してそちらに向かった。
「ところでキャンプって何が要る?」「テントだろ。あと、火とか」「ちょっと誰か検索してみ?」
キャンプ 道具 などとひねりのないワードで検索すると、ざっくりとした一覧や初心者向けの動画が現れた。
目的地への道すがらにホームセンターがあった。
店員さんに聞くと「キャンプですか? 今はすごく簡単になったんですよ~」とテントを皮切りに様々なモノを紹介される。
デカいテントや救急箱や飯盒など、思いつきの一泊キャンプには必要なさそうなモノまで見せられる。どう考えても売らんかなの商売根性なのだが、Rさんたちはバカになっていたのでどんどん買い込んでしまった。
キャンプ用具を積んでから車を飛ばしていると、食べ物がないことに気づいた。
あっ、酒とか肉とか野菜とかねぇわ! このへんにスーパーとかない?
波に乗っている時は偶然が続くものである。大きめのスーパーが建っていた。やったぜとばかりに酒と食材をしこたま買って車につけて走り出した。
言ったそばからどんどん夢が叶っていく。「揃っちゃったなオイ」「完璧な夏のキャンプだわ」と車内は盛り上がる一方だった。
カーナビに入力した山のキャンプ場に到着した。
ここで、ほんの少しだけつまずきがあった。
キャンプ場がひっそりとしている。
誰もいない。
古いカーナビをつけていたので、データも古いのかもしれない。この時期にキャンプ客がいないというのも変だ。そもそもやっているのか否かが判然としない。
駐車場に停めてから一度降りて、辺りを見渡した。
「誰もいないけど、ここでキャンプやっていいのかな?」
冷静になった奴がキョロキョロしながら言う。
「でも普通、使っちゃいけないキャンプ場ならロープとか張ってあるっしょ」
「あっホラ、ここに看板あるじゃん。キャンプがダメならこういう看板外すよな?」
「でもそれ、けっこう古い看板じゃね?」
「いやいやそんなことねぇって! お前、よく考えてみ? これ、『貸し切り』ってやつだぜ?」
貸し切り。
「しかも近くに家とかないから、騒ぎ放題じゃん?」
騒ぎ放題。
冷えつつあった頭が熱を取り戻した。
「そうだよな! これもアレだわ、流れってやつだよな! キャンプの流れ来てるわ!!」
再び一人残らずバカになり、用具や食材を敷地内に運び込んだ。
キャンプ場には本当に誰もいなかった。
向こうには森があり、すぐそばに静かに流れる川がある。せせらぎが耳に届く。あまりにも理想的なキャンプと言えた。
まずは酒を飲んだ。すごい勢いでテントを建てた。猛烈な早さで火を起こした。店員の言った通り酔っていても簡単にできた。
キャンプの準備が仕上がってしまうと、酒の力もあって全員の理性が崩壊した。
「じゃあスイカ冷やしまーす!!」
「冷やす前にスイカ割りしようぜ!!」
「おれ川で泳ぐわ!」
「俺も泳ぐわ!」
「あっ! 泳げるほど深くねぇ!」
「ギリ泳げそうじゃね?」
「陸地あるじゃん陸地! 川の真ん中! 陸地!」
「あれ中洲って言うんスよ!」
「あそこに最初に辿り着いた奴があそこの地主な!」
「酒まだあるよな?」
「はい肉焼きまァーす!!」
「やべー焦げちゃった!!」
「野菜もいきまーす!!」
「やべー焦げちゃった!!」
「花火出せ花火!」
「よしその花火をこっちに向けろ!」
「ウオオオオーッ!!!」
「俺は花火なんかに負けねぇぞォ~ッ!!」
「先輩ーッッ」
「もう酒、全部飲もうぜ!」
男だらけのバカ騒ぎが夕方から夜中になるまで、無尽蔵に続いた。
かなり遅い時間になった。はしゃぎ回るのもさすがに疲れてきたため、火を落としてテントに入った。
ついさっきまでハチャメチャに楽しかったので、このまま寝るにも惜しい雰囲気がある。
とは言え疲労もあったし、テントの中で座ってしまったので、改めて立ち上がって暴れ回るのもおかしい。
テントの外は暗い。中にも最低限の明かりしかない。静かに川の流れる音がする。時折思い出したように、鳥の鳴く声。
「これ、アレじゃね? 怖い話大会って感じじゃね?」
誰かが言い出したのにメンバー全員が「おぉっ」とどよめいた。まさにそういう雰囲気だったのである。
──ここで、今日はじめての大きなつまずきがあった。
おそろしいことに、メンバーの中の誰一人として、怖い話の持ち合わせがなかったのである。
その上酔っぱらっているため頭も口も回らず、怖いムードを出して話せない。
一人ずつ喋りはじめたはいいが、さっき死んだおじいちゃんがもう一回死んだりする。
「これ、ヨーロッパの都市伝説でさぁ~」と切り出したのに、「そこに落ち武者がいて」となったりする。
鉄板であるはずの、最後に「お前だ!」と叫ぶ話も、タイミングを完璧に外してしまった。聞いてる奴らが「お、おう。ちょっと、静かにしろよ」みたいな顔になって終わってしまう。
テントの中がションボリしはじめた。
せっかく楽しかった一日が、尻すぼみで終わってしまいそうだった。
これはまずいな、とRさんは思った。
彼は割合空気が読める方だったし、その空気を変えることのできる器用さも持っている。
幸いまだ自分の番ではない。怖い話はないかな、と記憶の中を探るうちに、ひとつ思い出した。
Rさんの弟はインドア派で、パソコンやネットに詳しい。
その弟と一緒に、ある動画を見たことを思い出したのだった。
フィリピンだかタイだかの、事故の映像だった。
豪雨である。
増水して濁流が走る川。その中ほどに、女性がひとり取り残されている。
もはやレスキュー隊も手が出せない。濁った水はみるみるうちに女性の太股、腰、腹を飲み込んでいく。
家族か友人が呼びかける悲痛な声が響く。
上流から大きな木が流れてきた。もう助からない。あれにぶつかるか、その前に呑み込まれてしまうだろう。
その女性は自分の絶望的な状況に、精神が壊れてしまったのだろう。急に手をひらひらとさせて、踊り出す。
つらそうな表情のまま踊り続けた彼女は川に呑まれて、そのまま姿が見えなくなってしまう──
そんな後味の悪い動画だった。
よし、この動画を元ネタに、ひとつ話をでっち上げてやろう。
Rさんはそう思った。
「じゃあR、なんか、ある?」と促されたので、Rさんはわざとらしく渋面を作って、「そうですねぇ」と低く言った。
「俺、ちょっと言えなかったんだけど、ここのキャンプ場ね、人が死んでるんですよね」
「ええっ」
「マジで?」
周りの奴らが色めき立った。もちろん本気で信じてはいないだろう。しかしここまでひどい怪談が続いていたので、「乗ってやろう」という気分があったのかもしれない。
「そのー、ほら、来てすぐに泳いだりしてはしゃいだ、川がありましたよね。川の中州が」
「おぉ、あったなぁ」
「あそこに取り残された女の人が流されちゃった、って事件が、あるんですよね」
「マジかよ」
Rさんは例の動画を頭の中で再生しながら、部分的に変えつつ話を作っていった。
「梅雨の時期だったらしいんですけど、友達と遊びに来て、川の流れが強くなってきてたのにふざけ半分に中洲にとどまってた女の子がいたんですよ」
「おお、そういえば、『増水時危険』とかって立て札があったよな」
「えぇ、そうでしょ。危ないんです。他の子はさっさと岸まで上がったんですけど、もう数分としないうちに川があふれちゃって」
「俺が行ったあの場所でかよォ」と、川ではしゃいでいた奴が呟く。
「レスキュー隊も呼んで手は尽くしたんですけど、手遅れだったんですよね。お互いに見てることしかできなくなっちゃって」
「うわぁー」
「友達が泣きながら彼女の名前を叫ぶんですよね、大丈夫だからー! とか、がんばってー! って声をかけるんですけど、もう無理だってわかってるんですよ」
「なんか、ちょっと、悲惨だなぁ」
仲間たちはウン、ウンと身を乗り出して聞いてくれている。怖がっている手応えがある。
「それで、中洲に取り残された彼女なんですけどね、」
ここまで話してきて、「踊り出す」という描写はしっくりこないなと感じた。
元の動画では本当に女の人が亡くなっているわけで、死に際をそのまま話すのはなんだか罰当たりにも思えた。
適当な改変が思いつかない。
「人間追い詰められると、考えもつかないことをやっちゃうんですね」
「その時の彼女の言動があまりに衝撃的で、レスキュー隊も友達もみんなトラウマに」
などと引き伸ばしていく。
幸い他の連中は話を急かすこともなく、緊張感を保ったまま頷きつつ熱心にRさんの顔を見つめている。
あんまり引っ張るとハードルが上がっちゃうなと心配しはじめた直後に、頭にポコッとある台詞が浮かんだ。
「──そうしたら、川上から大きな木が流れてきたんです。ああ、もう助からない、ってなったんですよ。
今必死に頑張ってても、あれに引っかかったらもう流されるしかない。もうおしまいだ、ってみんな思ったんですよね。
友達がウワーッって泣いてて、レスキュー隊が『がんばれー!』って、もうダメなのに言うんですよ。
それを聞いてた彼女がね、もう本当、ほとんど泣いてるみたいな、すごい笑顔を無理矢理に作りながら、こう言ったんですよ。
『しょうがないですよー! 自分で蒔いた種なんでぇ! ホント、自分で蒔いた種なんでぇ! もう、しょうがないですよー!』
苦しそうな、泣き笑いの声でね。
『ごめんなさいー! 自分で蒔いた種なんで! 自分で蒔いた種なんでぇ! しょうがないんですよー! ホントもう、自分で蒔いた種なんでェー!』
ずっと、申し訳なさそうに叫んだまま、流れに呑み込まれちゃったそうなんです──」
おおぉ、と他の奴ら5人が同時に息をついた。瞳の色を見て、みんなかなり自分の話に引き込まれたのがわかった。
いい具合に場が盛り上がった。いや怖い話だから、盛り下がったと言うべきか。
即興でやった割には上手くいった。あとはお決まりの流れで終わらせればいい、とRさんは考えた。「毎年ここでは、その時期になると」云々。
Rさんはまとめに入った。
「──それでここのキャンプ場なんですけどね、毎年その時期になると、」
「 自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー 」
女の声がした。
川からだった。
岸辺ではない。川の真ん中。中洲から声がした。
全員が絶句した。動けない。みんな驚いて、力が抜けてしまった。
「自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー」
再び女の声がした。
泣いているような笑っているような声だ。
聞き違いなどではない。
「これ、何? ドッキリ?」
一人が呟くように言ったが、誰も反応しなかった。
男ばかりの6人グループ。車にみっしりと乗ってここまでやって来た。他に移動手段はない。このキャンプ場に人影はなかった。
誰かの仕込みやいたずらなどではないのだ。
ざぶ。
ざぶざぶざぶ。
浅い川を歩いて渡ってくる音がする。
「自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー」
いよいよ全員の腰が抜けてしまった。「え? え?」「なに?」と声を洩らすことくらいしかできない。
その中で一番震えていたのはRさんだった。
これは、今さっき俺が作った話なのに。
ネットで見た外国の映像で思いついた嘘の話なのに。
どうして。
どうして女が本当に、泣き笑いの声を上げながら、こっちに近づいてくるんだ。
あの女は何なんだ。
「自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー」
女は川を上がり、湿った足音を立てながらまっすぐ、テントに向かってくる。
みんな腰が抜けて力は入らないが、這いずって逃げればいいはずだった。だが逃げられなかった。
グループの中で一番年上の「先輩」が、テントの出入口前に陣取って動かないのだ。
先輩は逃げようとはしていなかった。そのそぶりすらなかった。
いつもは頼りになる先輩が、この時だけは何故か身じろぎもせず座っていた。額に脂汗をびっしりにじませていた。そしてRさんの顔をじっと見ながら、
「なぁ、女が来るんだろ。川から女が来るんだろ。それで、それでどうなるんだよ! それからどうなるんだよ!!」
と、苦しそうな顔で尋ねてくるのだった。
「それで、どうなる、って」
Rさんの頭の中はグチャグチャに混乱していた。
この場で適当にでっち上げた話なのに本当に女が現れた。
逃げなきゃいけないのにその話の続きを先輩が促してくる。
思いついたそばから話していた嘘の話なんだから、続きなんて──
その瞬間Rさんの脳内に、差しこまれるようにある言葉が浮かんだ。
あまりにも自然に浮かんできたので思わず口に出かけた。だが言えなかった。
言えない。
絶対に言えない。
「自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー」
川原の石をじゃりじゃり踏む音と共に、泣き笑いの女の声はゆっくりと歩いてくる。
「それでどうなるんだよ! 女が来てどうなるんだよ! どうなるんだよ!!」
先輩の熱に浮かされたような声が飛んでくる。
Rさんは胸のあたりで膨れ上がってくるその言葉を押さえつけていた。
言わなければおさまらない。だがこれは言えない。言ったら大変なことになる。本当に大変なことになる。
「だれかが ひっぱられていってしまう」
内側からせり上がってくるのはそんな言葉だった。
「自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー」
女はテントのすぐそばまで来た。声だけではない。確実にすぐそこにいるのがわかる。
「それで! 女が来てどうなるんだよ! おい! どうなるんだよ!!」
震えるばかりで誰も動けないテントの中で先輩だけが前のめりにそう問い詰めてくる。
Rさんは心も体も押し潰されそうだった。
「自分で蒔いた種なんでェ、しょうがないですよねえー」
女がテントに触れるくらいの位置に来たことがわかった。
「それで! どうなるんだよ! どうなるんだよ!!」
破れ鐘のような先輩の怒号がテント内を震わせた。
喉元までせり上がってくる言葉。
Rさんは死ぬ気でそれを押し止めた。そして絞り出すように、無理矢理こう言った。
「……みんなで!! 声に!! 反応せずに!! 朝まで我慢すれば!! どうにかなるんですよ!!」
その途端。
テントがすさまじい勢いでぐらぐら揺さぶられた。
薄い布越しに女の絶叫が響いた。
「ちがうでしょオッ わたしが何人かひっぱっていくんでしょオッ」
冷たい。
冷たくて目が覚めた。Rさんは身を起こした。朝になっていた。
彼は、川の中洲の真ん中にいた。
全身びしょ濡れだった。ヒジや手首にすり傷や切り傷が無数についている。少し動くと傷が開いたが、汚れはついていなかった。
逃げ出したのだろうか。
それとも、テントの中から引きずり出されて、ここまで「引っ張られた」のだろうか?
Rさんは身震いした。
「なんだよぉこれ」
「痛ぇ。やべぇ血ぃ出てるじゃん」
岸の方でも身動きする影があった。
友達が数人、テントの外に出ていた。
川の近くで倒れている奴もいれば、テントから数メートルの位置の奴もいる。
ヒジや膝など服から露出した部分をズルズルに擦りむいて、砂や小石が傷口にひっついている。Rさんは川で洗い流された分まだマシなようだった。
テントの形が崩れている。中にも幾人か取り残されているようだ。
Rさんはよろよろと立ちあがり、浅い川を渡って、テントに戻った。
布を持ち上げると、中で2人ほどが座ったまま気を失っていた。
買い込んだキャンプ用品の中に、簡単な救急セットがあったのが幸いした。傷を負った者は消毒したり絆創膏を貼ったりする。
ここを出たら病院に行っておいた方がいいくらいのケガをしている奴もいた。
イテテテ、痛ぇなぁ、とうめきながらみんな傷をさすっている。
Rさんは昨晩の女のことが思い出されて気が気ではなかった。またあの声が、「自分で蒔いた種なんでェ」というあの泣き笑いの声が聞こえてくるのではないかと考えると、手が震えるようだった。
先輩も同年代の奴らも、昨日のことをおくびにも出さない。怖かったから口に出したくないのかもしれない。
元はと言えば自分のせいである。Rさんはすまない気持ちを抱えながら腕を消毒していた。
「いやぁ~、マジでひでぇことになっちゃったなぁ」一人が呟いた。
「でもさ、俺、酒の飲み過ぎなのかもしんないけど、昨日の晩のことほとんど覚えてないんだよなぁ」
「あ、俺も覚えてないわ」
「いや~よっぽど飲んだんだな」
「テンション上げすぎはよくねぇな!」
「童心に返りすぎたな!」
先輩を含めた他の奴らも同意する。Rさんも曖昧に頷いてみせた。
「確かあれだよな、Rが怖い話してさぁ」
自分の名前が出てRさんの心臓が小さく縮まった。しかし。
「その話がすっげぇ怖かったのは覚えてるんだけど、どんな話だったのか、全然思い出せないんだわ」
「あー俺も俺も。どんなんだっけ?」
「あれ~? 話の序盤も、どうなったのかも、なんにも思い出せねぇな…………」
Rさん以外の全員が、彼がした話も、その時に起きた出来事も、一切記憶していなかったそうである。
車を出して山を下りはじめるまでRさんの緊張は解けなかった。だが何事もなく、無事に車に乗り、帰宅することができた。
Rさんを含めた数人がしばらく軽く包帯を巻いて過ごさなくてはならなかったものの、後遺症もなく傷跡も残らず、その後は平穏な毎日を送っているという。
骨の髄まで怖い体験をしたRさんだったが、どうしても心に引っ掛かったので、自分なりに調べてみたそうだ。
あの古びたキャンプ場で死んだ女性がいたのか。中洲で、増水した川に飲み込まれて死んだ女はいたのか。
結論から書くと、確かに若い女性がひとり、あそこで亡くなっていたという。大学生だったらしい。
ただし。
まず時期がまるで違うのだった。そして中洲で死んでいたのでも、濁流に呑み込まれたのでもなかった。
どこからか流れ着いたのかそれともここで溺死したのかはわからない。川岸で倒れているのが発見されたのだそうだ。
死ぬ理由も遺書もなかった一方で、女性が一人でこの近辺に来て川に落ちることも考えづらい。事件性もなさそうだった。
「不審死」というひどく曖昧な結論で、その死は処理されたのだという。
「こんな怖いこと、ありますか?」
Rさんは語り終えてからそう言うのだった。
「中洲も増水も関係のない女の幽霊が、俺がその場で適当に作った怖い話に、“合わせて”きたんですよ。
こんな怖いこと、ありますか?」
怖い話を一から作ると、何かが寄ってくるのかもしれない。
【完】
☆本記事は、無料&著作権フリーのツイキャス「禍話」
真・禍話/激闘編 第2夜 より、編集・再構成してお送りしました。
☆☆☆色々あるけど、通算150回を越えてまだまだ続く、過去の放送の記録は 禍話wiki にて!! ぎゃあああああ!!!
サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。