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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 57&58

【前回】

●57
「……ちょっとあなた! 何をわけのわからないことを言っているの?」
 しばらく口をあんぐり開けて聞いていた奥方がようやく口をきいた。
「私がどれだけあなたに自由をさせてあげたと」
「ちょっと失礼」
 ダラス氏は一瞬のうちに脇にどけてあった拳銃を取り上げて奥方に向けて撃鉄を起こして引き金を引いた。聞き慣れた爆発音がしたと思ったら奥方の額に黒い穴が開いて緑色だった馬車の壁にでっかくて肉片つきの真っ赤な花が咲いた。
「すいません……これだけは、やっておきたさったもので……」
 ダラス氏が静かに頭を下げた途端、俺の背後から腕が伸びてその頭を下からいやというほど殴りつけた。ダラス氏は顔面をカチ上げられて声もなく失神した。
「みんな! 大丈夫か!?」
 ウエストが俺たちの顔を見回して叫んだ。
「無事か! 銃の音がしたからてっきり俺は誰かが……。どうしたんだ? なんで、みんなニヤニヤしてる?」
 俺が吹き出すと、モーティマーもブロンドも笑い出した。ウエストは理解が追いつかないぼんやりした顔で、俺たちの笑顔や馬車の中を見回すのだった。

 俺たちは荒くれ者だったが、その当時は一片ばかりの余裕は持ち合わせていた。太った中年の男の「自由になりたい」という言葉が、他の奴らの心にも刺さっていたのかもしれない。もちろん、いろんな情報を持っているという話も魅力的だった。
 それに事情を聞いたウエストが、やけに申し訳なさがった。とにかく連れ帰って介抱して謝りたいと言った。

「『主人』を殺すのは、おれにはついにできなかったんだぜ」
 椅子で作った即席のベッドの上でぐったりしているダラス氏の隣。ウエストが小さく呟くのをその晩、聞いた。
「それをやったんだ。すげぇやつだよ」

 そんなわけで「ヘンリーズ」で介抱されて丸一日の失神から目を覚ましたダラス氏は、手土産とばかりにさらに翌日の深夜、イースト銀行の金庫のダイヤルをかちかち回してあっさり開けてくれた。
 これで晴れて「ダラス氏」は「ダラス」となり、俺たちの仲間になった。



●58
 ダラスは、世の中からは「金を出ししぶったせいで、奥様を悪党どもに殺され、どこぞに捨てられている可哀想な銀行の偉い人」ということになっているらしい。とんだ冗談だ。今では金を奪う側だってのに──もっとも、銀行時代もそうだったかもしれないが。
 奴は戦闘用員としては使えないので主に留守番役だった。元々「ヘンリーズ」を住処にしていたモーティマーがここに俺たちを住まわせる代わりに誰か留守番を置くよう要求していたから、ちょうどよかった。
 だからダラスはほとんど、大がかりな仕事で見張りでも必要な時以外は、でっぷり座っているばかりの毎日だった。
「自由」を欲していたと言うのに、廃屋のバーの中にいるばかりなのだが、本人は満足げだった。どうやら奴の「自由」とは、人に使われず使う立場にいる、そういうものらしかった。──結構。そういう自由があってもいい。仲間として何らかの形で役に立ってくれるなら。
 奴はいろんなことを教えてくれた。日がな一日座っているだけでもお釣りがくるくらいのことを。某銀行の営業事情から、金持ちのようなふるまい方まで。おかげさまでおめかししたトゥコがお上品な言葉遣いで「いいとこ」のバーに行き、俺たちにはついぞ聞けない情報(と上等な酒)を仕入れることもできた。

 これは俺たちには、とんでもない発展だった。小さな会社がいきなりでかくなって、ふたつに増えたようなもんだ。世間の上の方からもたらされる情報によって、大金持ちや大銀行まで狙えるようになったのだ。
 ダラスが仲間になってからの数ヶ月は、俺たち6人にとって幸福な時代だったと言える。おおむねまぁ、だいたいは、みんな仲良くやった。仕事も順調で、職務上の暴行や殺しも行儀よく丁寧に仕上げていた。

 その幸福な生活にヒビを入れ始めたのが、ジョーとハニーの2人だったわけだ。
 ブロンドが怒り狂った件だけではない。問題はその後だった。
 2人は結婚したのではなかった。いや、していたのかもしれないがそれはわからない。式を挙げたって話はついぞ聞かなかったから。
 奴らは夫婦とは違う仲──「パートナー」になったのだった。
 結婚とパートナー、どこが違うかって? 夫婦は単なる夫婦だが、パートナーとはつまり「相棒」だ。旦那が働きに出てかみさんは家を守る、って役割分担では終わらない仲だ。「ビジネス夫婦」とは言わないが、「ビジネスパートナー」とは言う。そう、2人は組んで、でかいビジネスをはじめたのだ。

 奴らは世間と俺たちをひっかき回しはじめたのである──「アメリカ最後の義賊」として。

【「間奏曲」に続く】

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