【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 41&42
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……旦那は震える手で酒をついでいたそうだ。その手を叩いて、丸めてあった手配書を広げて旦那に突きつけた。「そら! 10万ドルの賞金首だよ!」
それから及び腰の旦那を引っ張って外に出ると、ジョーはもう事切れていた。死んだらただの死体だ。もう怖くない。
「そら、首だよ首!」おかみさんは作業小屋から二人で両端を持つノコギリを持ち出して、イヤイヤする旦那に片側を持たせて「10万ドル! 10万ドル!」と呪文みたいに繰り返しながら刃を左右に動かした。
木は切りなれているが人は切ったことのない旦那は涙を流したり吐きそうになりながら頑張った。何とか首がもげたので、家にあった野菜袋に詰めた。朝になるまでおかみさんは「10万ドルだよ!」と興奮して寝れず、旦那は「人の……首を……」などとシクシク泣きながら言って寝れなかった。
朝になったので、ぐったりしている旦那の操るしょぼくれた馬の背中に乗って、家を出た。書いてある住所の「ヘンリーズ」は廃屋のようでこんなところに人がいるもんかね? と思ったが、気配はしたので声をかけた──
そんな話を、旦那の不甲斐なさへの文句と共に、この5倍の分量で喋られたのである。
俺たち6人はぐったりした。寝起きに何十分も、どでかい声でこんな話を聞かされたら軍隊だって保安官だって俺たちみたいにくたびれ果てるはずだ。特にトゥコはまるっきり死人の顔をしていた。
話が終わったので、ゲッソリやつれた面持ちのブロンドが「それじゃあ、首を見せてもらえるか」と言った。
えぇ見せるよ、見せますとも! そこらにあった丸テーブルを片手で引き寄せて袋を置いて口をあけて、手を突っ込んでズルッ、と中身を出した。何の躊躇もない動きだった。
「うぉっ!?」トゥコが悲鳴をあげた。
「まさか!」俺も続いた。
一番近くにいたブロンドや他の連中は驚愕の表情で首を見ているだけだった。
正直、このおかみさんの話は信じていなかった。話そのものにくたびれていたこともあるが、なんせ手配書をばらまいた翌日、朝イチの、一人目の、生首ひとつ目だ。それがいきなりジョーの首なわけがない、と高をくくっていた。
だがそれは……ジョーの首だった!
「そら、手配書の顔の奴だろう?」おかみさんは俺たちのツラを見ながら得意気に言った。「あたしは目がいいんだからね!」
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「さぁ、10万ドルよこしておくんな!」
おかみさんは将軍並みに堂々とした態度で首をドン、とテーブルに置いた。目を閉じていて、皮膚が少し垂れて老けて見えたが、確かに奴の顔だ、と思えた。首になると人相が変わるとも言う。
だが俺たち6人の中に、ある種の躊躇が生まれていた。なにせこれは、朝イチの、一人目の、生首ひとつ目なのだ。それがいきなりジョー本人の大当たりだなんて、信じがたい。
作りものかもしれない、俺はそう疑った。
町だか村で手配書を手に入れる。手先の器用なとこでもって、粘土かなんかで一晩かけて首を作る。
いくらならず者だって、生首を触ったり持ち上げてみたりはしないだろう、田舎者の浅知恵でそう考えて、手作りの生首で俺たちを騙そうとしているのではないか? いや、だが、しかし。
あんまりにも悩みなく首を引っつかんでテーブルの上に出したキモの太さだって、考えてみれば怪しいような気もする。
おいおかみさん、と俺は言った。
「その首、改めさせてもらっていいかい?」
「ああ、いいよ! 触ってごらんな!」おかみさんは即答した。
あまりに早い返事だったので面食らったが、こう返されては触らないわけにはいかない。
トゥコやウエストやダラスの「本気か?」みたいな顔、モーティマーやブロンドの「よく確認してくれよ」と言いたげな表情につつかれながら俺は椅子から立ち上がり、ツカツカと首の前へと移動した。
つん、と血の臭いがした。
皮膚は、確かに人間のそれと同じだ。これが作り物だったらこのおかみさんか旦那は一流の作り手に違いない。やはり本物の、人間の首にしか見えない。
「そら、触ってごらんよ」おかみさんが俺に向かって二重になった顎をしゃくる。
俺がこわごわと、右手を上げて、人さし指と中指の先で、「ジョーの首」の頬っぺたに、触れかけたその瞬間──
「すまんがねぇ!!」
ドアを勢いよく開けて爺さんが入ってきた。
ボロを着て、見るからに酒で身を持ち崩したような姿で、酒で体を壊したらしい肌が真っ黒だ。
「ジョー・レアルの首を持ってきたんだがね! ここでいいのかい!!」
おかみさんに負けぬでかい声が飛び出してきた口の中には、歯が数本しか残っていない。
爺さんはでかい布で、まるっこいものを包んでいた。それを両手でぶら下げている。
それはちょうど、人の首くらいの大きさだった。