【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 53&54
●53
「銃? あんな気弱なおっさんが武装なんざできるわけねぇ」
元護衛のこの言葉は半分当たって半分外れていた。
ウエストが馬を止め、ブロンドがおとなしくさせている間に、俺たち2人は馬車に近づいた。
念のため腰を落として、紳士的に扉をノックした。
返事も何もなかったから、俺がノブに手を伸ばし、外開きの扉を一気に開けた。
俺は一瞬、息が止まった。
馬車の中には、ダラス氏とその奥方が向かい合わせに乗って、こちらを見つめていた。
ダラス氏は、銃を握っていた。
俺は撃たれると直感した。反射的に銃を抜いたがしかし、向こうの様子を見て引き金は引かなかった。
奴の手はぶるぶると震え、銃口がグニャグニャ動いていた。 5本の指は全部銃の握りをしっかりと掴み、人さし指はトリガーに伸びていない。撃鉄すら起きていなかった。
ダラス氏は武装はしていたが、気弱すぎて撃てないのだった。おそらく人を殴ったことすらない。叩いたことすらない性質の男だ。
「あなた! 何してるの!!」
突然、奥方がダラス氏の膝を叩いた。
「なんで撃たなかったのよ!?」もう一度膝を叩いた。こちらは叩きなれている様子だった。
「私を守るつもりはないの?」
俺は元護衛の愚痴、「カネ目当ての結婚さ。あの旦那にあの奥方は似合わない」を思い出していた。
ダラス氏は銀行員らしいスーツ姿だった。太っていて、頭も禿げ上がっていて、丸い小さなメガネをかけている。大きな髭を鼻の下にたくわえて貫禄はあったが、震える体と顔全体にかいた汗との対比で余計みじめに見えた。
反面奥方はすらりとした若い美人で、首回りに羽のついたドレスと黒のでかい帽子をかぶり、化粧で真っ白にした顔で贅沢を極めていた。その装いに比例して、旦那に対する態度もでかかった。
「どうしてやっつけないの!?」
奥方は再び怒鳴った。その剣幕に俺もモーティマーもちょいとばかり萎縮して、自分たちが強盗であることを一瞬忘れたほどだ。
ダラス氏は口をパクパクさせた。奥方は見ず、俺たちの方を見ながら、何か言いたげな様子だった。
「早く……早く!!」
冷や汗を垂らしながらせっつかれるダラス氏が可哀想になってきた。そんなに言うなら奧さん、あんたがその銃でこっちを狙えばいいでしょう。そう思った。
「…………あ、あ、あ…………」
ダラス氏の口からようやく声が洩れた。
「……あ、あんた方に、き、き、聞きたい、こ、ことがある」
●54
「……わ、私たちからか、金を奪っても、さ、最後はこ、こ、殺すのか?」
奥方が「あなた何を聞いて」と問い質すのに被せて俺は答えた。
「結果的に死んだり、抵抗されてやっちまったりはするが、素直に金目のものを出してもらえればそれでいい」
柔らかに言ってからこう付け加えた。
「ただ、馭者の一人と用心棒は死んだ。もう一人の馭者は指をなくしちまってな。もう7までしか数えられない」
ごく、とダラス氏はツバを飲み込んだ。奥方も一瞬黙ったが、「早く……! 早く銃を降ろして……!」と小声で命令しはじめた。
数秒してから、ぶるぶる震えていた銃がダラス氏の脇に音もなく置かれた。ネックレスや金時計が血に濡れなくてよくなりひと安心だった。だが銃口と目線は切らない。背後にいるモーティマーもきっちりライフルを構えているはずだ。
ダラス氏はこちらをしっかり見据えながら言った。「だ……出す……みんな出すから……」
奥方は「当たり前でしょう! ……ねぇ? すいませんねぇお待たせしちゃって?」と俺たちに微笑んだが、媚びの臭いがきつすぎてむせそうになった。
そこからが実に困った展開になった。
「き、君も、ネックレスを外したまえよ。指輪も外して全部差し出しなさい……」
「どうして? あなたの時計や指輪から先に差し上げてちょうだい?」
「あ、あのね、君の方が、そ、装飾品は多いんだから、手伝うから、君から先に」
「あとも先もないでしょ? ねぇ? そういうことを気にするからこういうことになるのよ?」
「こ、こういうことって、君ね、そもそも護衛をつけるのはもったいないと言ったのはき、君じゃあ」
「あら最後に頷いたのはあなたでしょう? あなたの責任でしょう?」
「………………」
「あなたは私のせいにするけど、あなたは男で夫なんだから、私はいつも、あなたの、決定に、従ってるんですよ?」
「…………あの、し、しかしね、護衛は必要だと私が言ったら、君は怒って」
「怒ってなんかいませんよ? 怒ってませんよ? 私がいつ怒りました? 私は、自分の意見を、冷静に申し上げただけです。あなたはこういう時すら」
「………………」
…………聞いているだけで胃が痛くなりそうなやりとりだった。
いつの間にか馬から降りて扉の脇に寄りかかりそれを聞いていたブロンドが、目を閉じて首を振っていた。「結婚なんてろくなもんじゃない」と言いたげな顔だった。