手作りブランコ

数年前のある日、父から連絡が来た。

「孫たちが大喜びするモンが出来たぞ」

何かと想像を超えてくることを予測し、送られてきた画像を開くと、祖母が生前、植木や花を大切に育てていた小さな敷地の一角に立っている大木に、何やらぶら下がっている。

おお!手作りブランコではないか!

これはすごい!!!っと一瞬浮き上がる気持ちと同時に、その画像が私の頭の中でゆっくりと動き出す。

ちょっと待てよ…。

その、なかなかのロープの長さ。

ブランコは一体どこまで揺れるだろう。

文字では説明が難しいのであるが、その一角は少し小高いところにあり、横には地元ならではのグッと急な勾配で階段が下り続いている。

ということは、下の敷地との落差はかなりのものなのだ。

想像してもらうとすれば、アルプスの少女ハイジがオープニングで乗っているぐらいの、あれ程の足の届かないブランコが揺れ、その一角を飛び出せば、下の敷地までは5メートル…、いや、それ以上の高さがあるということだ。 

そんな場所に吊るされた、手作りのブランコ。

正直なところ安全性がひとつも感じられない。

某国の、キャラの顔が歪み倒した手作りテーマパークの行く末ぐらい心配だ。

「楽しそうやけど、怖かよね!」

かくいう私も父の子である。ジェットコースターでもなんでも、絶叫系は得意であるつもりだった。

しかし、我が子を乗せるとなると、一瞬にして欺まんに満ち満ちた視線でそのブランコを見てしまったわけだ。

「全然大丈夫ぞ!お父さん乗ったもん!」

いやいやいやいや、何をするにもギリギリ一歩手前まで攻める父の、そんな言葉では何も保証されない。

もちろん息子たちや姪っ子たちは喜んでいたし、次の帰省時に乗るのを心待ちにしているようだった。

ただ、私や姉はどこか思い切れない気持ちがあった。


すると数日後。

「お前たちが心配そうやったけん、対策したぞ!コレでもう大丈夫!!」

そう言って、ひとつの動画が送られてきた。

父がクライミング用のかなり本格的なハーネスを着用し、ブランコに乗り込み、ぐいんぐいんと漕いでいる。

やはり放り出される足の先は、かなりの高さであり、見ているこちらがヒヤヒヤしてしまう。

しかしながら、今回の万全な安全対策。

これはかなり説得力がある!

そう思いながら観ていると、動画がゆっくりと右の方へパーンする。


還暦を過ぎた父の、命綱ともいえるそのハーネスは上部の木を伝い、その一番の元となるロープを、当時もうすぐ古希を迎えようとしている父の兄であり、私の叔父が握りしめている。 

そこには、楽しそうに手作りブランコを漕ぐ弟を楽しそうに眺める兄。

心こそ少年であるままの、高齢兄弟の画がおさめられていた。

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そのブランコが出来て2回目の夏。

私たちも例年通り帰省していた。

息子や姪っ子たちは庭でプールを広げてはしゃぎ、夏休みらしい夏休みを過ごしていた。

その場の監督は旦那に頼み、私は両親と幼馴染と部屋の中で会話を楽しんでいた。


しばらくすると、何やら外が騒がしい。
人が…来ている??

実家は山側へ向かう中腹にあり、観光客も肩で息をしながら必死で上ってくるほど急なので、さほど頻繁な往来は無い。
それに、庭まで入ってくるとしたら知り合いと配達員さん以外ありえない。

窓からのぞいて見ると、

なんとローカルTVクルーが庭で旦那にマイクを向けているではないか。

大爆笑しながら、両親と幼馴染と急いでその番組へチャンネルを合わせた。

画面いっぱいに映る旦那を見て、壁一枚挟んだ私たちは笑いが止まらない。

どうやら、ヨネスケの隣の晩御飯的なコーナーらしく

「あなたのお盆休みのご馳走といえば?ぜひ教えてください!」

とのことであった。


「いや〜ここ嫁の実家なんで、僕わからないです!…あ、はい!呼んできます。」

とTVの中の旦那が喋っている。

「…………うわっ!嫁って私やん!ヤバイ!!」

なんて思ったのも束の間、数秒後にはヘラヘラしながらカメラの前に立つことになった。

「私今日、同窓会なんで、晩御飯分からないんですけどねぇ!へへ!」

とバカ正直に答えたりして、そのコーナーも終わりにさしかかる頃、リポーターのお姉さんが言った。

「あの〜、この上にあるブランコって何故あそこにあるかご存知ですか??」



この瞬間。

彼女の運命はこちら側が掴んだも同然である。

あのブランコを見つけ、あろうことかピンポイントで我が家に突撃してしまったのだ。

私の中のいたずら心がズクズクしだした。

「あれ、父が作ったやつですよ!!!【乗っていかれますか?】(乗るしかなかろーもーん!画的バツグンやろーもーん!)」

である。

すぐに父へとバトンタッチする。

次々に人が変わるなんぞ、思ってもいなかっただろうに。

行きましょうか!と父も推す。

「えぇー!こんな事あるんですかぁー?!」

などとリポーターのお姉さんが言いながら、絶妙なタイミングでCMへ。

こうなったら、もうそうなのである。

さぁ、CMの間に、クルーと父は大移動。そこへ、孫たちも大喜びでついて行く。

私たち夫婦と母と幼馴染は、TVの前でその後を見届けるという、何とも不思議な段取りになった。

CMがあける。

もうTVの中のリポーターは、例のハーネスを着けてぐいんぐいんである。


こんなに面白い画があるだろうか。

さすがの父。容赦なく、背中を押している。

数秒のぐいんぐいんを眺めていると、なんだか雲行きが怪しい…。


リポーターの…………足元


そう、彼女の履いたパンプスが、半分パカパカしている。


見事なまでの半パカである。


リポーターの女性が、何やらワーキャーと話している合間に、

画面の中の父が異変に気づき、咄嗟に半パカのひとつを素早く脱がせた。


さぁ、次のひと振り戻って来たら、もう片方も!!!!!!!!!


それだ!それしかない!!!


誰もがそう思ったと思う。


その瞬間、振り子の頂点に達した、もう片方の半パカは、大空高く舞い上がり、5メートル下の奈落の底へ落ちていった。


こんなにおいしい流れがあるだろうか?



私たちは腹が千切れそうなほどに笑ってしまった。


レポーターの彼女はもしかしたら高所恐怖症だったかもしれない。
そう思うと、あの勇気、そしてあのバツグンの流れ。

私は彼女のプロ根性と、あの流れを作る強運を感じずにはいられなかった。

そして、ひとつ安心していただきたい。

奈落の底も、歩いて下れる場所ではあるので、その後、子どもたちが勇者のパンプスは大喜びで回収しにいったとさ。


-----おわり-----


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