わたしのナツイチ。
子供の頃、夏休みになるといつも祖父母の家に預けられた。
タライに水を張り、洗濯板でごしごしと洗濯をする祖母と、ビシッと髪を整え、麻の上下を着てパチンコに通う祖父が住む、トタン屋根の小さな家。
線路沿い。
蛇が出る小さな畑。
汲取式の暗いトイレ。
井戸水。
霊媒師のご近所さん。
庭で飼っている威勢のよい鶏に追いかけ回されて突かれて泣いたり、近くの公園で誘拐されそうになったり。
なんだかんだ、幼い私には刺激的な夏休み。
たまにひょっこりと現れる母はいつも私に図書券をくれた。
おもちゃよりも、服よりも、お菓子よりも。
私は本が好きだった。
海水浴より、遊園地より、親子でどこかに出かけるよりも。
私は本屋さんに行きたかった。
本が大好きだった。
本があれば幸せだった。
一行ごとに胸を高鳴らせながら文字を読み込む。
挿絵の美しさにうっとりしながら、これはあとで複写しよう、と思う。
そこに書かれた世界は楽しくて、魅力的で。
本の匂いも大好きだった。
開いた頁に鼻をくっつけて、すーっと胸いっぱいに吸い込む。
紙とインクの匂いが頭のなかにまで染み込むように、何度も何度も。
変な子だ、と周りからよく言われた。
祖父母はいつも、この子は人より賢いだけだ、と庇ってくれた。
身内の贔屓目もあるだろうけど、読者する子供の姿は賢く見えがちで、たくさんの孫に配るお正月のお年玉には、私にだけ図書券も入れてくれていた。
夏休みは課題図書とか、文庫フェアとか、いつもよりも本屋さんが華やかになって、私を喜ばせる。
あぁ、本屋さんに行きたいな。
夏になるとそう思うのは、子供の頃にわくわくしたあの記憶が呼び戻されるからだ。
毎日暑くて、クタクタになるまで家事や仕事に追い込まれて。
それでも束の間、ソファに座って扇風機の風に当たりながら休んでいると。
あぁ、本が読みたいな、と恋しくなる。
できるならば重みのある単行本がいい。
紙とインクの匂い。
邪魔なようで、でも捨てられない愛おしい帯。
はらりと垂れる栞紐の儚げな色合い。
時間を忘れて読み耽ることができたらどんなに素敵だろう。
人と待ち合わせするのが好きだった。
先に着いて、鞄から本を取り出す。
約束の時間まで、どれくらい読めるかな、どこまでストーリーが進むのかな、と頁を開く。
待ち人が現れたら、久しぶりだね、これからどうしようか、なんて話しながら、栞を挟んで静かに本を閉じる。
ただ、それだけのことなのだけれど。
私にはその一連の過程が愛おしい。
今。
私は本を手に入れることもなく、テレビすら観ない生活だ。
子供たちは毎週のように図書館に通ってたくさんの本を借りてくる。
夢中になって、のめり込むように読んでいる。
しばらくすると、ママー首が痛いからマッサージしてーと私を呼ぶ。
ちゃんとした姿勢で読まないとだめだよと言いながら私はその細い首を揉みほぐす。
2ヶ月の夏休みが始まるね。
君たちはこの夏、どんな本に出会うのだろう。
たくさん読んでも、読まなくても、どっちでもいいんだよ。
でも、きみが手を伸ばしたら。そこに読みたい本があればいいな、って思うんだ。