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レポート1

この投稿はフィクションです。予告なしに加筆修正を行います。

高血圧で診療所に掛かっていた女性。
忘れて受診されなくなった。
認知症の進行で引き籠り。
もともとは社交的で明るいおばあちゃんだった。
でも人と会っても誰なのか思い出せず、
会話ができないのが苦痛になっていたと、後で聞いた。
家族は出火を恐れ、何度も介護申請を行ったが、調査員が入ると
その時だけはシャキッとして話を合わせてしまう。
すべて非該当となってしまった。
車でどこかに行こうとすると、走行中のドアを開けて飛び出そうとしてしまう。
医療保険で往診へ。
「えっと…?」と警戒される。
一緒に行った看護師はもともと個人的にも付き合いが長く「何言ってんの、この間も会ったでしょ」と、彼女に合わせる会話ができない、というか、彼女の病状を受け入れられない様子であった。
私が「診療所の●●です。こんなに瘦せたから、誰だか全然わかんないでしょ!」と自虐ネタを披露すると、彼女も「ああw」と笑ってくれて、昔話をしてくれる。
その後も毎回行くたびに、彼女は思い出せずに「えっと…」と首をひねる。
私は、毎回行くたびに、毎回同じ自虐ネタを披露する。
「こんなに瘦せたから、誰だか全然わかんないでしょ!」
彼女は安心して、昔就労していた時のことを、最近のこととしてマシンガントークで話してくれていた。
薬はご本人の手の届かない神棚に上げて、別居の娘さんが仕事帰りに毎日立ち寄って管理。
「今度、いつ来るの?」看護師は「また来月来るよ」と言うが、
私は「早くて来月だけど、いつになるかな、忘れたころにまた顔を見に来るよ」と言い残して帰る。
そのうちに認知症が進行し、とうとう介護認定が付くようになった。
誰なのかがわからないことも気にならなくなり、穏やかになって、デイに行けるようになった。
施設へ転居することになり、最後の往診の時。
最後の最後に、看護師が彼女の知らない様子に話を合わせていた。
私は特別何もしてない。一度も熱発とか体調崩すとか無く、ただ血圧の薬を振り出していただけだった。
事故にならなかったのも、出火しなかったのも、医療者とは何の関係もない。
でも私は、彼女の時間にささやかながらかかわることが出来たと勝手に感じている。


考察

”認知症のケアメソッド「バリデーション」「パーソンセンタードケア」
「ユマニチュード」の文献検討によるメソッド比較”https://chubu-gu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=94&file_id=22&file_no=1という文献に、諸外国で開発され日本で紹介されたケア方法がまとめられ、
”3 つのケアメソッドは、名称は異なっていても内容が似通って共通している点も多い。例え、文化や人種は異なっても人間として尊厳をもった看護・介護をしていくためには、必要不可欠な内容であると考えられた”と紹介されている。


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