レポート3
この投稿はフィクションです。予告なしに加筆修正を行います。
脳梗塞後の男性。片麻痺と言語障害があったけれども、
車いすを自走して大抵のことは自分でやれていた。
診療所で往診に行っていたが、
15年くらい経った時に奥様が亡くなられた。
かなり頑固で気難しい方で、子供たちとも疎遠になっていた様子。
結局は施設に入所されることとなり、
施設の嘱託医ではなく、うちで往診を継続することになった。
その時点で私に担当が代わることになったのだが、
意思疎通がなかなか難しいうえに、こだわりも強かった。
また非協力的で、「もう来るな!」と手を払いのけられたりもしていた。
以前から水分摂取量が少なく、勧めても良い顔はされず、
夏場には尿路感染を起こしやすかった経過があった。
私が関わるようになって4年目の夏。
この年の8月はいつもと様子が違った。
まず尿臭が強いのが気になった。
施設職員によれば、ここ数日前から、尿失禁が目立つようになったと。
しかも汚れた下着の交換を勧めても頑固に断ってしまうとのことであった。
失禁の状況を御本人に確認しようにも難しい。
施設職員ももう諦め顔で、せめてご家族に頼んで使い捨ての紙パンツなどを購入して欲しいと考えているといった内容のことしか言わず、
私と同行した看護師も、迷惑行為が続くなら施設から出て行ってもらうしか無いですねなどと話していた。
どうしてそうなったのか、それまで曲がりなりにも身の回りのことが自立出来ていた人が、急にそうなったことを、誰も問題視しなかったのだ。
施設職員の断片的な話をまとめると、37度台の微熱を繰り返していて、食事量も普段の半分くらいに落ちていたようだった。
私は、尿路感染か、若しくはいわゆる暑気当たり・脱水傾向があるのではと疑った。倦怠感が強く、トイレに行くのが間に合わないのではと考えられた。
尿は異常なかったが、採血結果でLDHだけが異様に高値だった。
脱水でも上昇することはありうるため、施設職員には水分摂取を勧めながら、アイソザイムの追加チェックを行ったところ、3・4型が有意に高かった。御家族との面談を予約した。癌の精査の為に受診だなんて、きっと断られるんだろうな、と思いながら。
しかし、その翌週に熱発が悪化し、結局は施設側の判断で受診することになった。CT検査を行ったところ、肝臓に境界不鮮明なLDAが多発していることが判明した。大きいもので6㎝を超えていた。
家族面談を予定していた日に腹部エコー検査をおこない、肝膿瘍などの良性疾患ではなく、何らかの癌の肝臓転移と考えられた。
なお、後日判明したCEA:95、 CA19-9:60、といわゆる腫瘍マーカーが異常高値だった。
ご家族は「ようやくというか、ここまで頑張ったと思う」と話し、
施設側からは「うちは看取り加算が取れないので、看取りはできません」との対応であった。
結局は「療養型」と呼ばれる病院への紹介を希望されることになった。
最後の最後で、私はただひとり、ご本人様の辛さに寄り添えたんじゃないかと思っている。でも一方で色々と複雑な思いを禁じ得なかったケースだった。