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「静かな夕暮れ、二人の時間」

夕方の柔らかな光が街に溶け込む頃、いつも通りにあのすし屋へ向かった。暖簾をくぐる直前でふと気がついた。今日は定休日だ。妙に静かな店の前で足を止め、しばし立ち尽くす。店のシャッターが下りたままの光景が、何か取り返しのつかないことが起きたような気分を僕に与えた。

仕方がない。心にぽっかりと空いた穴を埋めるべく、家の近所にある回転ずし屋に足を向けた。普段なら素通りするその店も、こういう日には悪くないかもしれない。息子がまだ幼い頃、何度か一緒に訪れたことがある場所だ。

息子と二人、店に入ると、特有の機械音と子供たちの笑い声が耳に飛び込んできた。カウンターに座り、流れてくるすしをぼんやりと眺めていると、回転ずしの無機質な光景に不思議と心が落ち着くのを感じる。皿を手に取るたびに、過ぎ去った日々の断片がふと蘇る。

「あの店のすしとはちょっと違うね」と息子がぽつりと言う。確かにそうだが、こうして息子と一緒に過ごす時間の味は、また別の特別なものだ。寿司の質ではなく、この瞬間の何気ない会話が、僕にとって何よりのごちそうなのかもしれない。

「たまにはこういうのもいいよね」と、僕は返す。息子は小さく頷いて、また新しい皿に手を伸ばす。回るすしの一つひとつが、僕たちのこれまでの生活の断片を乗せているように思えた。

夕方の光はすっかり失われ、外はもう夜の帳が降りていた。店を出ると、涼しい風が二人の間を通り抜ける。定休日のすし屋に行けなかったことも、今はもう些細なことに思える。家路を歩きながら、僕たちはただ黙っていた。だが、その沈黙の中にも、確かな温かさが漂っていた。

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