無感情な高円寺の10月
秋が来ると、時々思い出すことがある。
上京一年目
西武新宿線・都立家政駅のワンルームマンションに住んでいた頃。
JR高円寺駅まで自転車で15分ほどの距離だった。
その頃は、高円寺に本店がある、老舗エスニック衣料品店でアルバイトをしていて、
働く店舗が日によって変わるシステムだった。
その日、本店で荷物整理やらを済ませて、昼すぎ、ひとり、原宿にある支店に向かうスケジュールだった。
JR高円寺駅は改札の真前にコンビニがあって
、移動中に飲むコーヒーと
チョコレートを買いに行った。
疲れてたのか、どれにするか、いつもよりも少し迷い、時間がかかった。
会計を済ませて、コンビニを出て、切符を取り出し、改札を抜けようと思った。
(回数券で買った紙の切符が会社から支給されるシステムだった。)
その瞬間、駅構内に聞いたことのない、非常用のベルが鳴り響いた。
立ち止まり、どうしていいかわからず、その場で周りの様子をみていたら、
おそらく消防隊であろう人たちが
走って改札を抜けて、ホームへの階段を駆け上がっていった。
そのうちに、「当駅で起きた人身事故の影響で中央線の運転を見合わせています」と言ったアナウンスが流れた。
わたしはその時
ものすごく恐ろしい気持ちになった。
コンビニに寄らなければ
何を買うか迷わなければ
私は人身事故の現場に立っていた。
その日の、前日の夜
理由もわからず憂うつで
私は死ぬことをぼんやりと考えていた。
死んだらどうなるのか。
ホームで快速電車に飛び込んでみたらどうなるのか。
「こうなるのだよ」と、誰かに言われた気がした。
その時だけ
運転見合わせの間だけ
移動手段を奪われた誰かに、疎ましく思われるだけ
それだけ。
夜
仕事を終えて
復旧していた中央線に乗り
いつも通りの、高円寺駅のホームに降り立ったとき
ここで今日
誰かが、多分、自らの意思で
死ぬことを決意して
快速電車に飛び込んで
そして
その数時間には
誰もが忘れ去っていて
いつも通りの電車が走っている。
そう思ったら、訳もわからない寒気が
体全体に張り付いた。
誰かが死んだ線路の上を走る電車に揺られ
わたしは日常に帰宅して
もう事故のことなどすっかり忘れ去ってしまった顔の
高円寺の夜の街並みに
ひとり
尚更
寒気が止まらなくなった。
この体験は後日
「無感情な十月」という曲になって
ライブでよく歌った
歌詞もそのうち紹介できればと思います。