首の腫瘍をとった話
年始の挨拶回りに行っている時だった。
客「その首どうしたの?」
客先のお偉いさんと社長が話している。社長の背後で存在感を消している僕に突然話を振られた。
お偉いさんの指は僕の首にできた5円玉くらいサイズのシコリに向けられていた。
僕「ああ、これですか?なんか最近出てきたんですよ。はは…」
こういうとき、妙に余裕ぶってしまうところが僕のよくないところだ。
客「最近できた!?リンパの位置だから医者に診てもらった方がいいよ!」
僕「あー、まぁ、はい。大丈夫と思いますけど。」
なに余裕ぶった態度とってんだ。って感じだがその裏腹に"そんなヤバいかんじ?!"と内心震えており、帰ってすぐに医者を予約した。
医者に行くまで鏡を見ながら
痛みはなく、ただ急速にデカくなっていたシコリに思いを馳せた。
いつのまにか他人から指摘されるくらいデカくなってたんだな。
なんでこれが異常だって気づかなかったんだろう…
段々ネガティブなことしか考えられなくなっていく。
癌だったらどうしよう。
いや、そんなことは考えずにいよう!まだ医者にも診てもらってないじゃないか!
もっとポジティブな想像をしよう。
いつかコイツが成長しすぎて、俺が段々小さくなって
俺はコイツの養分でしかなくて
やがて消えていく…
ダメだ。
結局死ぬ。
一人バカな空想に絶望しながら枕を濡らした。
でも、生きたいので病院には行った。
お医者さんはいろんな角度からシコリを診ていた。
たまに「これ痛いですか?」とツネってくる。
痛くないです。って伝えるとシコリをもぎり取ろうとしているかのような握力でつねってきて
「痛い…です」と答えた。
医者「粉瘤ですね」
憤龍…なんだそれ。憤怒した龍?
粉瘤とは老廃物が皮下に溜まってできる腫瘍らしい。
安堵した。
あー!ニキビ的なやつね!
塗り薬で治るやつね!
医者「手術します」
しゅ…今なんて
医者「手術で腫瘍を摘出します。」
そんな大袈裟な!と思ったが
自然には無くならないらしい。
そしてダメ押しの一言
医者「病理検査にだして良性か悪性か判断してもらいます。」
悪性の可能性…あるんだ…
結局死ぬ。の世界線にまた戻ってきてしまった。
その日、よほどショックだったのか、車で帰ってきたときに自宅のガレージに車をぶつけた。
僕はまわりに悟られまい。と気丈に振る舞いながらベコベコの車を修理にだして手術の日までどこか虚空を見つめながら過ごしていた。
手術の日を迎えた。
部分麻酔なので鮮明に意識を保ちながら、首を切り刻まれていくらしい。
その様子を想像するだけでゾッとした。
こころを落ち着かせる間もないまま、麻酔を打たれてベッドに横たわっていた。
手術の間、切っているのか引っ張っているのかなんともいえない感覚だった。
時折
医者「ん?」
医者「あれ?」
とか聞こえてくるのが恐怖でしかなかった。
そうすると、看護師さんが突然現れて「先生!ちょっとよろしいでしょうか?!」
医者「はいはい」
何かトラブルがあったのだろうか。
個人経営のクリニックなので対処できる人が限られていたのだろうか。
お医者さんは摘出寸前の腫瘍を首の上に置いてどこかに行った。腫瘍が首に置いてあるのがわかる。
腫瘍と2人きりである。
腫瘍も突然、外の世界に連れ出され置いてけぼりにされて気の毒である。
僕は首の上の腫瘍が転がり落ちないようにジッと動かないように耐えた。
まさに崖の上のポニョならぬ首の上のシュヨー。
お医者さん、早く戻ってきて。
こういう動いてはいけないタイミングで僕の脳内にオヤジギャグが振ってきた。
考えたのではない。振ってきたのだ。
「どうしゅよう…」
最悪である。
しょうもな過ぎる。
なのにツボに入ってしまった。
だいぶ麻酔が効いて逆にハイになっていたのかもしれない。
笑いを堪えるのに必死で、首の上の腫瘍を落とさないように震えが止まらなかった。
戻ってきたお医者さんが「大丈夫ですか!?寒いですか!?」
うるさいよ。寒くて震えてるんじゃないよ。ギャグが寒いんだよ。
摘出された腫瘍は瓶に入れられており、特級呪物のようだった。
病理検査前の結果待ちだったが、体の中の悪い邪気のようなものが祓えた気がした。
色々あったが、数日後「良性」の結果通知書とベコベコに凹んだ車の修理の請求書を眺めながら取ってよかったな。と思った。