人生が終わったと思った現場
僕は祖父の代から続く小さな溶接工場のアトツギだ。
仕事は基本工場内での作業がメインだが、お客様の要望であれば機材を持ち込んで出張工事を請けることがある。
ある日、大手企業の工場で設備のメンテナンス工事があり、その溶接部分を担当する出張工事に行くことなった。
設備を止めるということは生産がストップするということ。だから少しでも生産に影響のない土日の工事を求められる。
打ち合わせの時点で
「そんな殺生な。」
というセリフを交えたネゴシエーションにより、金、土、日の3日間の工程を確保した。
そして当日。
さすが大手企業。全てがデカい!入り組んだライン。トイレに行くたび迷子になりそうな要塞的な工場。それなりにルールも厳しかった。
特に安全に関するルールは一際厳しい。
我々のような外部から来た何処の馬の骨ともわからない連中が事故を起こそうものなら、工場内引きずり回しの上、さらし首の刑である。
絶対こうなる。
なのに事件は起きた。
初日の休憩時間中、お客様から電話が鳴る。
「はい、もしも…」くらいで
「燃えとるやないかぁあああ!!!」
と言われた。
パニックなった僕は飲みかけのCCレモンをその場に置いて走った。
現場ではすでに消火活動は終えており、煙臭かった。
僕が火の用心していた現場の横が燃えていた。そこにある油を含んだウエスにまで火花が届いていたようだ。
設備の一部が焦げていた。
「やってもうた。」
ただ不幸中の幸いで、表面をサッと炙った感じで留まっていたため、設備自体はなんとか動いてくれたが、僕の頭の中は真っ白で全く動いていなかった。
とにかく謝るしかない。
そこからは全力謝罪少年である。
積み上げたものぶっ壊して、身につけたものとっぱらって謝りまくった。
各関係者に打ち首覚悟で謝った。謝りながら
「もう人生終わったわ。」
と思った。
「天国のおじいちゃんごめん。」とも思った。
最終的には
「起きたことはしゃあない。次は気をつけや。」
と心優しいお客様のお許しを得て半泣きになっていた。(本当に申し訳ございませんでした。泣)
半泣きになりながら飲んだ炭酸の抜けたぬるいCCレモンの味が忘れられない。
その後は細心の注意をはらいながら2日目、3日目を無事終えたのだけれど、自分の中でトラウマに近い経験になっている。もうあんな思いはしたくない。
あれ以来「ご安全に。」という言葉を単なるあいさつではなく本気で唱えるようになった。
現場で溶接する時はくれぐれもご安全に。